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HOME   »   競馬  »  [競馬コラム129] 中山競馬場の朝日杯3歳ステークス
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 3歳馬(現在の2歳馬)の関東地区チャンピオンを決めるレースとして、「朝日盃3歳ステークス」が創設されたのは1949年(昭和24年)のことでした。昭和20年の太平洋戦争終結から僅か4年後のことです。
 占領下・戦後復興の真っ只中での若駒の大レース創設には、当時のホースマンの並々ならぬ意気込みを感じます。

 爾来、「朝日杯3歳ステークス(2001年から朝日杯フューチュリティーステークスFSに改名)」は、第1回から2013年の第65回まで一貫して中山競馬場で開催されてきました。
 50年以上の歴史を誇るG1級のレースで、一度も開催コースが変更されていないレースというのは、極めて珍しいと思います。多くのレースで、各競馬場の大規模改修に伴って「1回限定」で別の競馬場を使うことは時折見られることなのですけれども、このレースに限っては65年間に渡り例外無く中山競馬場で開催されてきたのです。

 「朝日杯3歳ステークス」が、中山競馬場にとっていかに重いものであったかを示す事実でしょう。
 
 その朝日杯3歳ステークスが、2014年開催から阪神競馬場に施行競馬場を移すことになりました。
 1991年に、関西地区の朝日杯3歳ステークスに相当した「阪神3歳ステークス」が牝馬限定レースとなり、朝日杯3歳ステークスが「関東NO.1決めるレース」から「全国NO.1を決めるレース」に変わったことや、中山競馬場1600mコースの形状が内枠有利であり、公平なレース施行を期する為に阪神に移した、などいくつかの理由が報じられています。

 いくつかの理由の下で、朝日杯FSは阪神競馬場へと移ることとなったのです。そのこと自体は、日本中央競馬の歴史の流れのひとつであろうと感じますが、ここでひとつ「中山競馬場の朝日杯3歳ステークス」をテーマにしてみようと思った次第です。

① 優駿が並ぶ優勝馬

 1949年から1990年までは「関東地区の2歳馬NO.1」を決めるレースであり、1991年以降は「全国の2歳馬NO.1」を決めるレースでしたから、歴代優勝馬は豪華絢爛です。いちいち採り上げていては、いくら書いても終わらないラインナップですので、主だった優駿のみを思い出してみます。

・1962年グレートヨルカ 菊花賞優勝。
・1967年タケシバオー 翌1968年の3強(マーチス、アサカオー)の一角。天皇賞(春)他のレースに優勝し、日本競馬史上初の獲得賞金1億円馬となりました。
・1976年マルゼンスキー 大差勝ちしたこのレースのレコードタイム1分34秒4は1990年リンドシェバーに破られるまで続きました。通算8戦8勝の無敗馬。
・1978年ビンゴガルー 皐月賞優勝。
・1980年テンモン 1965年のメジロボサツ以来の牝馬優勝馬。オークス優勝。
・1986年メリーナイス 日本ダービー優勝。
・1987年サクラチヨノオー 日本ダービー優勝。
・1989年アイネスフウジン 日本ダービー優勝。
・1991年ミホノブルボン 皐月賞・日本ダービー優勝、菊花賞2着。
・1993年ナリタブライアン 三冠馬、有馬記念優勝。
・1995年バブルガムフェロー 天皇賞(秋)優勝。
・1997年グラスワンダー 有馬記念2勝、宝塚記念優勝。
・1998年アドマイヤコジーン 安田記念優勝。
・1999年エイシンプレストン クイーンエリザベス2世カップ(香港のG1)優勝。
・2001年アドマイアドン 無類のダート巧者、地方・中央でG1を7勝。
・2006年ドリームジャーニー 有馬記念・宝塚記念優勝。
・2009年ローズキングダム ジャパンカップ優勝。
・2010年グランプリボス NHKマイルカップ優勝。
・2012年ロゴタイプ 皐月賞優勝。

 といったところでしょうか。

② 多彩な優勝馬

 外国産馬がクラシックレースに出走できるようになる2001年までは、外国産強豪馬が出走できる数少ないG1レースのひとつでしたので、マルゼンスキーやグラスワンダーに代表される外国産馬の優勝が目立ちます。

 結果として「クラシックレースとの関連が薄い」などと指摘されることもありますが、「本当に強い馬」が勝って来たレースとも言えるのでしょう。

 また21世紀に入ってからは、日本競馬のレベルアップに伴い「1600mのスペシャリスト」が活躍するレースともなりました。
 1980年代から90年代前半までは、このレースを勝って日本ダービーに勝つ馬が多かったのに対して、近時は皐月賞やNHKマイルCに勝つ馬が出ているところに現れていると思います。

 レースの性格は時代と共に変遷してきましたが、現在は「2歳最強マイラー」を決めるレースと言えるのかもしれません。

 有馬記念を頂点とする「12月の中山開催」から朝日杯FSが無くなることには、時代の流れを感ぜざるを得ませんが、阪神競馬場の朝日杯FSが新しい時代を創って行ってくれることでしょう。

 中山競馬場で行われた65回のレースで、真っ先に思い出すのは、やはり1976年のマルゼンスキーです。ニジンスキー産駒にして、母シルはあのバックパサーの仔という、当時の超良血馬が我が国に持ち込まれたのです。
 そして内国産のトップクラスと刃を交えての「大差勝ち」は強烈でした。310mしかない中山の直線で、どうして2着馬が見え難いほどの差が付くのだろうかと感じました。

 さて、そろそろ中央競馬12月の名物であった「中山競馬場の朝日杯3歳ステークス」にお別れをしたいと思います。
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