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 1994年のNPB近鉄球団との契約更改の過程で野茂投手が退団に追い込まれ、野球を続けていくためにはメジャーリーグに挑戦するしかなくなってしまったことは「NPB野茂秀雄編」に記載した通りです。そして、このこともHIDEO NOMOの野球人生に鏤められている「巧まざる幸運」のひとつでした。

[四つ目の幸運]
 近鉄球団との交渉が決裂し、年が改まった1995年2月に野茂投手はMLBロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結びました。年俸は980万円。近鉄球団時代の1億4000万円に比べるべくもない金額です。しかし、気持ちの良い環境で、大好きな野球がやれるので野茂投手は嬉しかったのではないでしょうか。

 5月には、早くもメジャーに昇格し初登板を果たしました。メジャーリーガーHIDEO NOMOの誕生です。6月には50と1/3イニングを投げて6勝0敗、2完封、防御率0.89、4試合で50奪三振の球団新記録、という衝撃的なデビューを飾りました。
 前半戦を6勝1敗としたNOMOは、この年のMLBオールスターゲームに選出され、何と先発しています。相手アメリカンリーグALの先発は、あの「ビッグ・ユニット」ランディ・ジョンソンですから、オールスターゲームの先発投手というのが、どれほどの価値があるものか判ります。

 ここで不思議なのは、通常のオールスターゲームであれば、少なくとも前半戦で10勝以上を挙げているか、サイ・ヤング賞受賞のピッチャーが先発するのに、この年のナショナルリーグは、何故6勝1敗の新人日本人投手を先発させたのかということです。
 色々な理由があるのでしょうが、最大の理由は「極めて衝撃的なデビュー」を飾り、「人気が爆発していた」ことだろうと思います。

 そういう意味では、ロサンゼルス・ドジャースというNL西海岸の名門チームに入団したことが幸運だったということになると思います。これが「四つ目の幸運」です。

 ドジャースは、もともとはブルックリン・ドジャースというチームでニューヨークのブルックリン地区を地盤としたチームでした。ニューヨーク・ヤンキースと数々の名勝負を繰り広げ、人気を分け合ってきた球団であり、1958年にニューヨークからロサンゼルスに本拠地を移動しましたが、ワールドシリーズ優勝6回、リーグ優勝21回を誇るNLと西海岸を代表する名門チームです。MLBの中でも特にメジャーなチーム(変な言い回しで恐縮です)のひとつですから、活躍すれば全米に情報が広がるのも速いのです。
 オールスターゲーム前、つまりデビューして僅か3か月で「NOMOマニア」と呼ばれる熱狂的なファン層が形成されていました。これも、驚くべきことです。私達日本のファンも、NOMOのお蔭でMLBのゲームを沢山楽しむことが出来るようになりましたし、NOMOの活躍は、日本プロ野球がメジャーでも通用することを如実に示してくれました。
 ドジャースタジアムからのテレビ放送では、日差しの明るさが印象的でした。「こんなに明るい日差しの中でプレーするのがベースボールなのだ」と妙に感じ入ったことを憶えています。

 ドジャース1年目を28試合登板、191イニングを投げ、13勝6敗、236奪三振、防御率2.54の好成績でクリアしたNOMOは、新人王と奪三振王のタイトルを得ました。シーズン当初マイナーにいて、5月から先発登板を始めた投手としては本当に素晴らしい成績です。1996年のスプリングトレーニング中に、ドジャースと3年契約を結んだNOMOは、2年目も大活躍。
 9月1日のフィラデルフィア・フィリーズ戦では2年連続200奪三振を記録。新人から2年連続は、MLB史上3人目の快挙でした。そして、9月17日のコロラド・ロッキーズ戦でノーヒットノーランを達成しました。このゲームは、降雨のため開始が2時間遅れたのですが、関係なく好投、高地で打球が良く飛ぶクアーズフィールドでのノーヒッターは、アメリカの報道でも、高く評価されました。

 翌1997年4月には、メジャー史上最速での500奪三振(ドワイト・グッデンの記録を更新)を達成し、8月末のゲームではMLB史上2人目(ドワイト・グッデンに続き)の、新人から3年連続の200奪三振を記録しました。96年は33登板の16勝、97年は33登板で14勝と、ドジャースの中軸投手としての活躍が続きました。

 1998年4月には「NPB野茂秀雄編」に記した日本人メジャーリーガーの初ホームランを記録するなど、NOMOの活躍は次々と新しい記録を生み出しました。
 一方で、前年オフに行った右肘遊離軟骨除去手術の影響が残っていたのか、5月から不振に陥り6月にはドジャース退団を決意、ニューヨーク・メッツに移籍しました。ここから、NOMOのジャーニーが始まります。

 1999年1月にニューヨーク・メッツと再契約するも開幕ロースターには入れず、4月にシカゴ・カブスとマイナー契約、4月末にはミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約と目まぐるしくチームを変わり、5月にはミルウォーキーとメジャー契約を締結し、この年はミルウォーキーでの投手生活となりました。9月には、クレメンス、グッデンに続くMLB3番目の速さで1000奪三振を達成、この年は12勝とチームの勝ち頭になりました。

[五つ目の幸運]
 2000年1月にはデトロイト・タイガースと1年のメジャー契約を結び、日本人投手として初めての開幕投手となりました。このアメリカンリーグALのチームとの契約が「五つ目の幸運」だと考えます。この年8勝12敗に終わったとはいえ、190イニングを投げた活躍を見て、同年12月ALボストン・レッドソックスがメジャー1年契約をNOMOと締結したのだろうと思います。
 この頃のNOMOは、メジャー1年契約が連続していますが、成績を見る限り本人のベースボールへの情熱が衰えることはありませんでした。

 ボストンでの2001年4月4日、対ボルチモア・オリオールズ戦で、NOMOは2度目のノーヒットノーランを達成しました。このゲームも、敵地でのゲームで、電気系統の故障のため試合開始が遅れた点は、1回目のノーヒッターゲームと共通しています。これで、NL・ALの両リーグでのノーヒッターを達成した投手となりました。これは、MLBにおいても当時で4人目、現在でも5人しか達成していない偉大な記録です。

 この年は、33試合・198イニングを投げ、13勝10敗、220奪三振で2度目の最多奪三振タイトルに輝きました。
この活躍がきっかけとなったのだろうと思いますが、12月にロサンゼルス・ドジャースと2年・年俸1375万ドル・3年目は900万ドルでドジャース側のオプションという契約を結びました。

 1995年にドジャースとの年俸980万円のマイナー契約でスタートしたNOMOのMLB生活は、その後5つの球団を経て、2002年に再びドジャースに戻りました。そして2度目のドジャースに3年間在籍しました。年俸は10万ドルから900万ドルに増えました。NOMOは、転々と沢山のチームを渡り歩きましたが、その間年俸は着実に上がっていました。毎シーズン、NOMOがしっかりした投球を続けてきた証であろうと思います。

 久々にドジャースに戻った2002年のNOMOは、全体として観てMLBにおける最高のシーズンであったと思います。自身最多の34登板、220イニングを投げて16勝6敗、193三振、防御率3.39。
 翌2003年も33登板、218イニングを投げて16勝13敗、177奪三振、防御率3.09。MLB100勝も達成しました。この2年間は、ピッチャーHIDEO NOMOの最後の晴れ舞台でした。

 2004年には、ドジャースの開幕投手を務めるも、前年オフに受けた右肩の内視鏡手術の回復が遅れたたためか球速が戻らず、84イニングの登板に留まり4勝11敗、ドジャースを退団しました。

 この後も、NOMOはベースボールへの情熱を持ち続け、2005年にはタンパベイ・デビルレイズとマイナー契約を締結、メジャーに上がり日米通算200勝を達成するも、7月に解雇されました。

 以降は、同7月ニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約→2006年3月ボストン・レッドソックスとマイナー契約→2007年ベネズエラのカラカス・ライオンズに入団→2008年1月カンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約、4月にメジャーに上がるも同月戦力外通告を受け退団→同7月に引退を表明しました。

 引退時のインタビューでは「自分の中では、まだまだやりたい気持ちが強いが、プロ選手としてお客様に見せられるパフォーマンスは出せないと思う」とコメントしています。本当に野球・ベースボールが好きなプレーヤーでした。

 MLBでの通算成績は、12年間のMLB在籍で323試合に登板し、1976イニングを投げて123勝109敗、1918奪三振、防御率4.24。面白いところでは、MLB30チームの内29チームから勝ち星を挙げています。勝っていないのはドジャースだけでした。NOMOが現役に拘った理由のひとつは、恩返し?としてのドジャースからの勝ち星だったのかもしれません。

 NPB・MLB通算の奪三振率(9イニングで何個の三振を取るか)は9.28で、1イニング1個以上の三振を取っていることになり、これは日本人投手では野茂投手1人だけが達成している記録ですし、MLBでもNOMOを含めて5人しか達成していない記録です。

 現在は、2003年に設立したNOMOベースボールクラブのオーナーとして活躍するとともに、時々はテレビにも登場します。
 188㎝、100㎏のMLBサイズのビッグボディは、MLB史上5人(サイ・ヤング、ジム・バニング、ノーラン・ライアン、野茂秀雄、ランディ・ジョンソン)しか居ないNL・AL両リーグでのノーヒッター達成投手であることを髣髴とさせます。NOMOは、MLBの歴史に残る大投手なのです。

 最後まで現役に拘ったところをみると、プロ野球の監督やコーチをやるつもりはないのかもしれませんが、スーパースターにはスーパースターの活躍の場があるように思います。
 2編にわたり記述した野茂・NOMOの『幸運』とは、棚から牡丹餅のような幸運ではなく、見た目は不運・不幸にさえ思えるような事象が、結果として新しい道を開くキッカケになっているという意味でした。
 そうした意味で、野茂秀雄氏に「六つ目の幸運」が待っているように思います。

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