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HOME   »   競馬  »  [競馬コラム139] ハンガリーの至宝  54戦54勝のキンツェム号
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 キンツェム号は、1870年代にヨーロッパで活躍した牝馬です。
 我が国の明治維新直後のことになります。

 今から140年位前のことですから、現在の競馬とは相当異なる様相の時期でもありますので、「世界競馬史上最強」といった比較には馴染まないのですけれども、とはいえ54戦54勝という成績は、デビュー以来の無敗記録としては、現在に到るまで世界最高記録となっています。驚異的と言うのも充分ではなく、驚愕すべき成績でしょう。(また、こうした記録が分かるというのは「世界中全ての馬の記録が残されているサラブレッド」ならではだと思います。)

 キンツェムは、2歳時(1876年)~5歳時(1879年)の間、ヨーロッパ各地で走りました。その競走内容を見ると、19世紀の競馬と20世紀以降の競馬の違いがよく分かります。

① 長距離レースが多いこと

 キンツェムの54戦は、947mから21ハロン(約4200m)までの距離をカバーしています。
 内訳は以下の通り。

・1000m未満 3走
・1000m以上1600m未満 6走
・1600m以上2000m未満 8走
・2000m以上2400m未満 2走
・2400m 15走
・2400m超3200m未満 9走
・3200m 8走
・3200m超4000m未満 2走
・4000m超 1走

 これを見ると、2400m以上のレースが35有り、全体の64%強、約2/3を占めています。
 また、2400mのレースが15と最も多く、全体の28%弱を占めますし、3200mも8レース・15%弱を占めていて、「単独のレース距離」としては1位・2位となっています。

 キンツェムがイギリス、フランス、ドイツ、ハンガリー・オーストリア(当時はオーストリア・ハンガリー帝国)、チェコといったヨーロッパ各国で走り続けたことを勘案すれば、この頃の欧州競馬において最も一般的な競馬レースの距離は2400mであり、次に普及していた距離は3200mであったと言って良いと思います。

 2400mは「ダービー競走」の距離ですので、それが中心距離であり、3200mは現在では欧米競馬においては少なくなりましたけれども、我が国の「天皇賞(春)」にも残されている伝統的な距離と言えるのでしょう。

 また、キンツェムのデビューから8戦目までは、全て1200m以下のレースでしたから、当時は1600m未満のレースというのは「デビュー直後や若駒」のためのレースであったとも言えそうです。

 キンツェムが947mから約4200mまでのレースをカバーしていることから観て、当時はスプリンター・マイラー・中距離馬・ステイヤーといった区別は存在しなかったのでしょう。

② 大差勝ちが8レース、5~10馬身差勝ちが13レース

 全体として長い距離のレースが多い上に、圧倒的な競走能力を誇るキンツェムですから、大きな差を付けての勝利が多くなっています。
 大差が8レース、5~10馬身差が13レースの計21レースが、5馬身以上の差のレースなのです。全体の38%に上ります。

③ 「単走」が6レース

 キンツェムの強さが欧州中に鳴り響いた1877年以降、「単走」のレースが出てきました。他の馬達が、というか、他の馬の所有者達が怖れを成して、キンツェムの出走するレースに持ち馬を出走させなかったためであろうと思われます。
 「単走」レースは、地元オーストリア・ハンガリーにおけるレースが大半です。

 キンツェムが初めて海を渡り遠征したのは、4歳時・1878年でイギリスのグッドウッドカップでした。この頃のグッドウッドカップは21ハロン・約4200mのレースでした。そして、キンツェムが挑んだ最長のレースでもあります。
 
 キンツェムの名は、既に競馬の本場イギリスにも鳴り響いていて、1812年に創設された伝統あるレースにもかかわらず、出走馬は僅かに3頭でした。そして、このレースもキンツェムの勝利となりました。
 近代競馬宗主国であり、自他共に世界最強と呼ばれていたであろう当時のイギリス競馬においてさえ、キンツェムが出てくれば3頭立てだったのです。

④ 1か月間に9連勝!

 4歳時・1878年には、1か月間で9連勝(いずれもオーストリア・ハンガリー帝国でのレース)したことがあります。2日連続で走ったこともあると伝えられています。
 現在のような「ローテーション」といった概念とは程遠いスケジュールで、キンツェムは走り続け、勝ち続けたのです。

 また、当時のロジスティックスで前項の様にハンガリーからイギリスに遠征するとなれば、延々と汽車を乗り継ぎ、船旅も必要でしたから、こうした環境下でキンツェムがついに負けなかったというのは、驚くべきことでしょう。
 キンツェムの肉体面の強靭さはもちろんとして、「気持ちの強さ」も計り知れないものがあります。

⑤ キンツェムの血統は?

 1879年に、何と同じ厩舎の馬との喧嘩による怪我で、キンツェムは競走馬を引退しています。こうしたアクシデント無かりせば、どこまで連勝を伸ばしていたのか、想像を絶するものがあります。

 とはいえ、こうしてキンツェムは繁殖牝馬の生活に入ったのです。
 そして、5頭の産駒を残しました。こうした強豪牝馬の常として、強い仔に恵まれないことが多い上に、5頭という小頭数の産駒であり、140年位前の馬ですから、さすがにキンツェムの血統は絶えていそうなものですが、現在に到るまで続いているところが素晴らしい。

 キンツェムの子孫からは西欧・中欧・東欧の大レースを制する馬が次々と登場し、1974年には13代目の子孫に当たるポリガミー号が英オークスに優勝しました。
 そして、17代目の子孫であるキャメロット号は2012年の2000ギニー、英ダービーに優勝し、セントレジャーで惜しくも2着となって三冠を逃したのです。

 現在でも、世界各国でキンツェムの子孫が走っていて、今後も連綿と続いて行くように見えます。凄いことです。

 本稿では、19世紀後半、ヨーロッパで活躍した名牝・キンツェム号を採り上げました。

 現代の競馬とは異なる体系の競馬において活躍したサラブレッドですので、20世紀半ば以降の競馬・サラブレッドとは、単純な比較は出来ないと思います。

 しかし一方で、19世紀後半と言う時期は、「現代のスポーツ競技の多くが発祥した時期*」であり、所謂「産業革命の進展」により、大袈裟に言えば「人類史上初めて、一般の人々の生活に余裕が生まれ、ようやくスポーツを楽しめるようになった時期」と重なると思います。
 (*本ブログの各スポーツの起源に関する記事をご参照ください。サッカー、ラグビー、テニスはいずれも1870年代前半が起源ですし、アイスホッケーは1877年、バスケットボールは1891年、アメリカンフットボールは1880年に始まったとされています。ベースボールは1846年に原型が出来あがり1800年代後半に現在のものに近いルールが確立されています。)

 つまり、いくつものスポーツが歴史上初めてグローバル化して行く時期に、競馬のグローバル化の先頭に立って、ヨーロッパを旅したのがキンツェムなのでしょう。

 3歳時のドイツのバーデン大賞、4歳時のイギリスのグッドウッドカップ、フランスのドーヴィル大賞典、再びバーデン大賞とヨーロッパ各国の当時最大級のレースに出走するために、延々と旅を続けたキンツェムの情報は、ヨーロッパ中を駆け巡ったと言われます。

 つまり、キンツェムは「グローバル情報網の発展と共に欧州を回った」のではないでしょうか。ヨーロッパ近代化の時期に、そのひとつの象徴として登場した名牝であったような気がするのです。

 「生涯54戦54勝」、無敗の名牝キンツェム号。競馬史上に燦然と輝く栗毛のサラブレッドの馬名は、ハンガリー語で「私の宝物」という意味です。
 馬名まで完璧となると、少し出来過ぎ?の感もあります。
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