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HOME   »   競馬  »  [競馬コラム27] 朝日杯フューチュリティーステークスとマルゼンスキー
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 もともと中央競馬の東西の2歳馬チャンピオン決定戦であった朝日杯3歳ステークスと阪神3歳ステークスが、1991年に全国の2歳馬チャンピオン決定戦としての朝日杯フューチュリティーステークス(朝日杯FS)と2歳牝馬チャンピオン決定戦としての阪神ジュベナイルフィリーズ(阪神JF)に改編されたことは、阪神JFの稿に記述した通りです。(レース名の変更は、両レースとも2001年です)

 朝日杯FSは中山競馬場芝1600mにて実施されていますが、2歳馬の競馬における朝日杯FSの格は極めて高く、1991年のレース改編以来、このレースの勝ち馬が年間最優秀2歳馬に選出され続けています。名実ともに、2歳馬最高峰のレースとなっているのです。
 但し、不思議なことに1993年の優勝馬ナリタブライアンが翌年三冠馬となって以来、朝日杯FSの勝ち馬は、日本ダービーはおろか、皐月賞、菊花賞にも勝っていません。既に20年近くになりますので、「朝日杯FSの勝ち馬は、クラシックレースに勝てない」というのは、立派なジンクスになっています。(クラシックレース以外のG1競走の勝ち馬は出ています)

 1600mの朝日杯FSに勝っても、皐月賞2000m、日本ダービー2400m、菊花賞3000mに勝つのは難しいという見方もありますが、やはり中央競馬全体のレベルアップの中で、2歳のG1競走を制するには「早熟な馬」が有利ということのように思います。
 例えば、2005年の三冠馬ディープインパクトは、そのデビュー戦が2004年の朝日杯FSの翌週という、遅いデビューでした。

さて、このように極めて格が高いレースですので、このレースの優勝馬には印象深い馬達が沢山居ます。その中から本稿で採り上げるのは、1976年朝日杯3歳ステークス時代の勝ち馬マルゼンスキーです。

 マルゼンスキー号、父ニジンスキー、母シル、母の父はバックパサー。生涯成績は8戦8勝、無敗馬です。35年以上も前の馬ですが、競馬ファンの間では有名な馬ですので、ご存知の方も多いと思います。
 こちらも有名なイギリス三冠馬ニジンスキーの仔であったマルゼンスキーは、母シルのお腹の中に居た時に日本に来て、日本で生まれた、いわゆる持込馬でした。日本の中央競馬の歴史の中で、たまたまこの時期(1971年~1984年)だけが、持込馬がクラシック競走に出走できない時期でした。(サラブレッドの輸入自由化が進む過程で、内国産馬保護の観点から規制されたもの)
 不運であったともいわれますが、いずれにしてもマルゼンスキーは、出走可能なレースを選びながら、伝説的なレースを続けたのです。

 生まれつき前脚が外向(爪先が外を向いている)であったため、脚の故障に気を付けながら調教しなければならなかったマルゼンスキーですが、何とか6割方仕上がったので新馬戦1200mに臨みました。1976年・昭和41年の10月でした。これを大差で勝ち上がり、2戦目の特別レース1200mも9馬身差という圧勝。そして3戦目に、重賞府中3歳ステークス1600mに駒を進めました。

 迎え撃ったのが、北海道3歳ステークスをレコード勝ちしたヒシスピードでした。この競馬は、前半からスローペースとなり上がりの競馬となりました。4角を回り、府中の直線に入って100m位の所でヒシスピードとマルゼンスキーが並んだところからヨーイドンの競馬です。強い馬は緩みの無いペースでレースを進めながら、最後の直線でも伸びるのですが、ヨーイドンの競馬になると少し力の落ちる馬にもチャンスが到来します。
 ヒシスピードにとっては、千載一遇のチャンスでした。2頭は、長い東京競馬場の直線で叩きあいます。私もテレビで観ていましたが、残り300mで内側のマルゼンスキーが少し出て、残り200mでヒシスピードが差し返して少しリード、残り100mでマルゼンスキーが再びアタマ差位リードして、ヒシスピードが再び追い上げ、並んだところがゴールという感じでした。
 全く互角に観えましたので、頭の上げ下げだけの勝負で、マルゼンスキーがハナ差で勝ちました。悪くない馬場であったと記憶していますが、走破タイムは1分37秒9と、この頃でも遅いタイムでした。

 3着馬に10馬身の差を付けていましたから、2頭のマッチレースでしたが、後から思えばヒシスピードにとっては、大魚を逸したレースでしたし、マルゼンスキーからすれば、負けていてもおかしくないレースでしたが、これを勝ち切れたのは、彼の強運という感じもします。
 それにしても「上がりの競馬は怖い」ものです。

 冷汗ものの勝利を得たマルゼンスキーは、本稿のテーマである朝日杯3歳ステークスに臨みます。前走の反省もあってか、このレースでマルゼンスキーは自らレースを作り、悠々と逃げました。
 悠々といっても相当のペースです。二番手を行くヒシスピードは、付いていくのがやっとという感じ。直線に入ると、マルゼンスキーとヒシスピードの差は広がるばかり。ゴールの時には大差となっていました。走破タイムは1分34秒4のレコード。前走の府中3歳ステークスより、3.5秒速いタイムです。マルゼンスキーにとって唯一のG1級のレース優勝でした。

 日本競馬の常識を超えた走破タイムとレース振りから、「怪物」とか「バケモノ」とか呼ばれたマルゼンスキーでしたが、この馬がクラシックレースに出走権が無いというのは、当然に問題になりました。
 主戦の中野渡清一騎手が「28頭立ての大外の外でも良い。賞金もいらない。他の馬の邪魔もしない。この馬の力を試したいだけ。だから、ダービーで走らせてください。」と言ったと伝えられました。しかし、日本ダービーへの出走は叶いませんでした。

 朝日杯3歳ステークスの後、マルゼンスキーは4戦4勝で競走馬を引退しました。1977年・3歳時の4勝の中には、重賞日本短波賞の勝利があります。これは2着のプレストウコウに7馬身差のレースでしたが、その後プレストウコウが菊花賞に勝ちましたので、この世代におけるマルゼンスキーの強さが、一層際立ちました。
 同年の有馬記念挑戦に向けて調教中に、屈腱炎を発症したために引退を余儀なくされたのですが、前年世代のトウショウボーイやテンポイントとのレースを観て見たかったと思います。

 競走馬を引退したマルゼンスキーは種牡馬となりました。産駒には、父と同じ朝日杯3歳ステークスや日本ダービーを制したサクラチヨノオーや、菊花賞を制したホリスキー・レオダーバン、宝塚記念・京都大賞典2回優勝のスズカコバンなどのG1馬が居ます。牡馬の長距離に強い馬が多いように思います。
 一方、母の父(ブルードメアサイアー)としても優秀で、スペシャルウィーク、ライスシャワー、ウィニングチケット、メジロブライト、メジロベイリーなどのG1勝ち馬を輩出しました。ブルードメアサイアーとしては、1995年~2003年の間9年連続2位でした。その間の1位は、全てノーザンテーストです。この稀代の種牡馬と同世代であったため1位にはなれませんでしたが、素晴らしい種牡馬成績だったと思います。

 1997年8月、マルゼンスキーは心臓麻痺で死亡しました。22歳でした。

 マルゼンスキーは、日本競馬史上の最強馬を語る時、必ず名前が上がる馬です。それは、8戦8勝の無敗馬であったことも大きな要因でしょうが、最大の理由はその勝ちっぷりにあると思います。府中3歳ステークスを除けば、常に大きな差を付けて勝ち、1600m1分34秒4の驚異的なレコードを叩き出していることが競馬関係者やファンの心に強い印象を残しているのです。

 マルゼンスキーは、2着馬との着差の大きさや走破タイムの水準という「勝ちっぷり」という観点からは、11戦11勝のクリフジ(1943年の日本ダービー、オークス、菊花賞の勝ち馬)、10戦10勝のトキノミノル(1951年の皐月賞、日本ダービーの勝ち馬)に匹敵します。但し、この2頭が勝っているクラシックレースには、マルゼンスキーは出走できませんでした。
 一方でマルゼンスキーは、相当に日本競馬が成熟し、海外から様々な種牡馬が入ってきて、全体のレベルが向上した1976年の記録という意味では、クリフジやトキノミノルを凌いでいると思います。
日本競馬史上の最強馬を争う資格が、マルゼンスキーには十分にあります。

 本ブログにも何回か登場していますが、私は30年前の夏休みに、大好きだった馬たちに会うために、友人と北海道を回りました。牧場が並ぶエリアの道を自動車で走っていると、100m位はなれたところに1頭の馬が立って、ゆっくりと周囲を見渡しています。周りには何頭かの馬が居ましたが、凛として立つその馬を見た時「只者ではない」と呟きました。
 牧場に入り確認すると、マルゼンスキーでした。他を圧するオーラ、圧倒的な胸の筋肉、現役時代と変わらない彼が、そこに居ました。マルゼンスキーの居場所は事前には確認できておらず、訪問予定先にも入っていなかったのです。

 マルゼンスキーの最も素晴らしいところは、その凛とした立ち姿だと思っています。
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