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HOME   »   スキー  »  [スキー・モーグル] 里谷多英と前畑秀子
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 里谷多英選手が現役引退を表明しました。我が国スキー・モーグル競技の男女を通じてのNO.1プレーヤーの引退は、とても残念ですが、私たちに沢山の感動を与えてくれたことに対して、心からお礼を申し上げたいと思います。里谷選手、ありがとうござました。

 里谷選手は、日本女子として初めての冬季オリンピック金メダリストです。そして、現在に至るまで、スキー・モーグル競技の男女を通じての唯一のオリンピックメダリストです。
 加えて、1998年長野オリンピックの金メダルに続いて、2002年のソルトレークオリンピックでも銅メダルを獲得しています。日本女子で、冬季オリンピック2大会連続でメダルを獲得した唯一の選手ですから、冬季オリンピックにおける全競技を通しての日本女子最高の選手であることは、異論の余地がありません。

 札幌に生まれた里谷選手ですが、小学校5年生の時にモーグルを始めたそうです。そして、小学校6年生の時に全日本選手権(ジュニアではありません)に優勝していますから、余程モーグルが向いていた選手だったのでしょうし、天才プレーヤーであったことも間違いありません。
 そして、中学2年生の時から全日本選手権を5連覇しています。1994年のリレハンメルオリンピックに18歳で出場して11位。以降の実績は、頭書の通りです。

 私は「里谷選手は、スキーが上手なプレーヤー」だと思っています。当たり前のことを書くようで恐縮ですが、各種のスキー競技で最も大切なことは、スキーイングが上手であることだと思うのです。(日本語カタカナで、スキーイングという言葉があるのかどうかは分かりませんが、私はそのように呼んでいます)里谷選手は、そのスキーイングがとても上手な選手でした。

 競技に置き換えていえば、あのコブだらけの斜面を滑るのが、とても上手かった=速くて、スキーが雪面に密着して、極めて滑らかであった、ということです。モーグル競技においては、この点が最も大事です。2つのジャンプ台で行う演技も重要ですが、それもスキーイングのスピードと上手さが前提となっています。ゆっくり慎重に滑ってきたら、ジャンプも比較的簡単に良い演技ができます。他の選手より速く滑ってきて、同じ演技を行うことが難しいことなのです。

 私はモーグルを観る時に、スタートから最初のジャンプ台に到達するまでのスキーイングに、最も注目します。そこまで観れば、その選手の力量が判ります。膝と腰、そして脚部の筋力が十分で、トレーニングもキッチリ積まれている選手の滑りは、それだけで、とても美しく、素晴らしいものです。そして、そういう地力十分な選手が、気持ちの面でもアグレッシブに試技に臨んでいるときに、驚異的なプレーを目の当たりにすることができるのです。

 そのレベルの選手は、ゆっくりと滑れば、スキーと雪面が密着したまま、コブだらけの斜面を滑降することができますが、それではタイム面で他の選手に劣ってしまいますから、競技で良い成績を残すためには、ぎりぎりまでスピードを上げていくことになります。スキーと雪面が付かず離れずの限界のスピードで滑って行く姿、僅かに跳ね上がる雪庇、腰部分の驚異的な安定、バネの様な膝の上下運動、など見所が満載です。

 従って、モーグル競技では、男女の競技レベルの差が大きくなります。下半身の筋力の絶対値が、男性の方が圧倒的に高いからです。男子モーグル競技プレーヤーの世界トップクラスの選手は、他の全ての競技のトッププレーヤーに劣らない筋力と運動神経を保持していると思います。
 そして、女子選手の中では、里谷選手の筋力・運動神経は、間違いなく世界のトップレベルでした。あの膝の柔らかさと筋力、そして直線的な滑りは、本当に素晴らしいものだったと思います。

 加えて、里谷が凄いのは、そのメンタル面です。大きな大会になればなるほど、そして予選より決勝で実力を発揮するのです。
 例えば、長野オリンピックでは、予選を11位で通過し、決勝は1位金メダル、ソルトレークシティオリンピックでは、予選6位・決勝3位の銅メダル、最初のオリンピックであったリレハンメル大会でも、予選27位・決勝11位でした。全てのオリンピックで、決勝の成績が、予選より遥かに良い選手というのも、滅多にお目にかかることはできないと思います。「日本選手は、精神面が課題だ」という言葉を良く耳にしますが、里谷選手について言えば、正反対の選手だったということになります。

 ちなみに「日本選手は、精神面が課題だ」という言葉も、いろいろな競技を観れば観る程、根拠に乏しい見方だと思います。精神面というのは、個別の選手の問題であって、「日本選手」と一括りにするのは間違いでしょう。外国選手より、メンタル面で上だなと感じる日本選手は沢山います。それどころか、どちらかというと、日本選手はメンタル面で外国選手より優れていると感じます。一度、全ての競技について比較してみたいと思っています。
 おそらくですが、競技を観る側が、心配しながら観ていて、日本選手が失敗するのを見て「やっぱり」と感じてしまうのではないかと思います。つまり、観る側・報道する側のメンタル面の問題ということでしょう。その競技で、日本選手が失敗したり、負けてしまったりするのは、大半の場合、日本選手の力量が劣っていたのが理由なのです。力量が劣っていて敗れたものを、精神面の問題というのは無理があります。

 特に、スポーツマスコミ関係者の皆さんには、十分な知識・知見を持って、正確・冷静な報道をお願いしたいと思います。間違った報道の連続は、後に続く選手たちに、悪影響を与える可能性があるのですから。

 さて、話を戻します。

 里谷多英選手が、冬季オリンピックの日本女子最初の金メダリストであるとすれば、夏季オリンピックの日本女子最初の金メダリストが、前畑秀子選手です。水泳女子200m平泳ぎ、1936年のベルリンオリンピックの金メダリストでした。

 1914年に和歌山に生まれ、高等小学校2年生の時に環太平洋オリンピック200m平泳ぎで2位となりました。戦前のことですから、前畑選手は高等小学校を卒業したら家業を手伝うために水泳も止めるつもりだったそうですが、その小学校の校長先生の尽力などのお蔭で、名古屋の椙山女学園に進学することができ、競技を続けることになりました。

 日本全体が現在より貧しかったと思われるこの時代には、こうした話を良く聞きます。篤志家というのでしょうか、私財を投げ打って、才能ある子供を支えていくという形が、数多く存在していたように思います。また、援助を受けた子供の方も、その期待に良く応えて、一生懸命頑張り、中には世界的あるいは日本を代表するような人物が生まれています。才能ある子供を、公的に大切なもの「みんなの宝物」として援助するという方式ですが、国力の維持・向上という点から、大切な仕組みの様に思います。
 おそらく現在でも、こうした仕組みはあるのでしょうが、目立たなくなってきているように感じます。

 さて、前畑選手ですが、18歳で初出場した、1932年のロサンゼルスオリンピックで銀メダルを獲得しました。0.1秒差という僅差の2着でした。
 これで、今度こそ引退と考えたそうですが、周囲の期待がそれを許さず、競技生活を続行、1933年には200m平泳ぎの世界新記録を樹立し、1936年のベルリンオリンピックに臨みました。
 このオリンピックは、当時ドイツを支配していた、アドルフ・ヒトラー総統率いるナチス党のPR大会という色合いが強い大会でした。各競技においてドイツ選手の活躍が目立ったわけですが、女子200m平泳ぎにおいても、前畑選手のライバルとなったのは、ドイツのマルタ・ゲンネゲル選手でした。

 この前畑選手とゲンネゲル選手の決勝におけるデッドヒートは、NHK河西アナウンサーの有名なラジオ放送によって、現代の私たちも知ることができます。
 レースは始めから、前畑とゲンネゲルの一騎打ちの様相を呈したのですが、そこからの河西アナの実況は、およそレースの様子を知らせるものではなく、ひたすら前畑を応援するものとなっています。

 「前畑、前畑、前畑ガンバレ!前畑ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ、前畑ガンバレ!前畑、前畑危ない、前畑危ない。前畑ガンバレ、前畑ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ、前畑ガンバレ、ガンバレ、前畑ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ、前畑ガンバレ!・・・・・・・・・勝った、勝った、前畑勝った」と続く、この放送は、スポーツ中継のひとつの大傑作であり、歴史に残る素晴らしい放送だと思います。

 テレビ放送など当然無かった時代、日本時間深夜12時を過ぎてからのレースでしたが、多数の日本国民がラジオの前に集合し、固唾を飲んでレースの開始を待っていたのでしょう。河西アナの第一声は「ラジオを切らないでください」であったと報道されています。競技開始が遅れ、予定時刻であった深夜12時になっても始まっていなかったのです。

 そして、スタートが切られてからは、前述の放送内容です。日本中が、興奮の坩堝と化していたことでしょう。現在であれば、スポーツバーやパブリックビューイング会場で見られるような光景が、各家庭の畳の間で繰り広げられていたに違いありません。
 画像は無いものの、河西アナの声に呼応して、両手を握りしめ振り上げながら、応援していたのかもしれません。いや、当時の日本人はもっと控えめだから、正座して両手を膝の上に乗せ、心の叫びで応援していたのでしょうか。

 この河西アナの放送は、意図していたものかどうかはともかくとして、日本の沢山の聴衆の気持ちに完全にマッチしたものだったのです。聴衆の心を掴む、素晴らしい放送だったのだと思います。メディアというものの意味を考えさせてくれる出来事だとも思います。
 そして、マス・メディアが、聴衆・観衆に感動していただく(「感動させる」などというのは、おこがましい限りです)ための必須要素が、良く分かる放送でした。

 里谷選手と前畑選手は、日本女子スポーツ界にとって、最も先進的な活躍を見せてくれたプレーヤーでした。

 里谷選手については、長野オリンピック優勝直後のシャンパン一気飲みや、その後の六本木での遊行などが問題視されたことがありました。長野オリンピックの時には、抗議が殺到し、当時の八木団長が謝罪会見を開いたように記憶しています。

 「抗議が殺到した」と言われていますが、どのような人達が抗議したのでしょうか。いったい何が悪いというのでしょう。未成年での飲酒は違法行為ですが、里谷選手は22歳でした。世界一を争う世界最大の大会で、素晴らしい成績を残してくれた選手が、そのストレスから解放されて羽目を外すことがあったとしても、違法でないのなら問題はないでしょう。そういう凄まじいストレスのことなど、全く知らない人々が、抗議などするのは、いかがなものでしょう。競技では勝って欲しいし、日常生活も品行方正であれ、というのは虫が良すぎるのではないでしょうか。

 前畑選手は引退後、母校椙山女学園の職員として後進の育成に尽力し1990年に、日本女子スポーツ界初めての文化功労者となりました。

 もう一人の巨星であり、現役引退を表明した里谷選手にも、是非後進の育成に力を貸していただきたいと思っています。金メダリストには、金メダリストにしか知りえない世界があるのですから。世界一になったプレーヤーしか知らない知識・知見・実践力を、多くのプレーヤーに伝えて行ってもらいたいのです。

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