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HOME   »   競馬  »  [競馬コラム196] 第1回エリザベス女王杯優勝 ディアマンテ号
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 1975年にイギリスのエリザベス女王が来日し、それを記念して1976年に、それまで「ビクトリアカップ」として施行されていたレースを「エリザベス女王杯」と名付け、第1回として開催されたことは、以前の記事にも書きました。

 同時に、桜花賞、オークスと共に、秋の最強3歳牝馬決定戦と位置付けられ、この3レースを勝ったサラブレッドを「牝馬三冠」と呼ぶことになったのです。

 この取扱いは1995年まで続きました。
 「2400mのエリザベス女王杯」が20年間に渡って、3歳牝馬限定レースだったのです。
 1996年以降は、秋華賞が「牝馬三冠」の対象レースとなり、距離も2200mに短縮されて、3歳以上牝馬による秋の最強牝馬決定戦となり、現在に至っています。

 さて、1976年の第1回レースに優勝したのが、ディアマンテでした。

 この年の牝馬クラシック路線は、アローエクスプレスの娘・テイタニアが桜花賞とオークスを快勝していましたから、いきなりの「牝馬三冠」誕生かと注目されていました。
 私もテイタニアが最有力だろうと観ていたことを覚えています。

 当日の京都競馬場は、前日の雨の影響が残り「やや重」馬場でした。
 シービークイン(三冠馬ミスターシービーの母)が逃げを打ち、直線の叩き合いでディアマンテが抜け出して、2着のニッショウダイヤに2馬身差を付けて、ディアマンテが優勝したのです。3着フジエクスプレス、4着にテイタニアが入り、5着はスカッシュソロンでした。

 ディアマンテとテイタニアは、共に稲葉幸夫厩舎所属でしたので、「稲葉厩舎は2頭で牝馬三冠」とも言われました。

 ディアマンテは410kg台の小柄な黒鹿毛のサラブレッドでした。「いつも一生懸命走る」馬でもありました。ディアマンテは、このレースでその名の通り(スペイン語でダイヤモンドのこと)、燦然と輝いたのです。
 
 少し逸れますが、馬体重「410kg台」というと、現在ではとても小柄という印象ですが、当時の牝馬なら少し小柄といったところでしょう。
 このレースの上位馬を見ても、2着のニッショウダイヤが430kg、3着のフジエクスプレスが454kg、4着のテイタニアが440kg、5着のスカッシュソロンが412kg、10着のカミノロウゼンは392㎏となっています。
 当時は、牝馬なら420kgから430kg位で、いかにも「ほっそり」としていて、直ぐに牝馬と分かる馬が多かったと思います。
 1975年の牝馬二冠・テスコガビーは480kg台で走りましたが、こちらの方が例外的に、とても大きな牝馬だったのでしょう。

 我が国の牝馬が大型化するのは、1990年代にヒシアマゾンやエアグルーブが活躍するようになってからだと思います。

 話を戻します。

 ディアマンテは、凱旋門賞馬トピオの産駒でした。同期のシービークインもトピオ産駒です。そしてこの2頭が、我が国におけるトピオの代表産駒だと思います。

 ディアマンテ号、父トピオ、母アテナ、母の父パーソロン。通算成績28戦6勝。主な勝ち鞍:エリザベス女王杯、福島記念。ちなみに6勝は全て「重」か「やや重」馬場でした。間違いなく「重巧者」だったのです。

 ディアマンテは1999年に亡くなりました。26歳でした。
 その前年には、同じ厩舎のライバルであったテイタニアが他界しています。
 1976年の牝馬三冠レースを争った、ディアマンテとテイタニアは、仲良しだったのではないかと、勝手に想像しています。
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