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HOME   »   競馬  »  [競馬コラム221] 生粋のステイヤー デルタブルース号
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 2005年12月のステイヤーズステークス勝ち馬がデルタブルースです。

 デルタブルースは競走馬として重賞を3勝していますが、そのいずれもが3000m以上のレースでした。
 2004年の菊花賞(3000m)、2005年のステイヤーズS(3600m)、そして2006年のメルボルンカップ(3200m)です。
 父ダンスインザダークから受け継いだのでしょうか、21世紀の中央競馬では指折りのステイヤーでしょう。

 デルタブルースは2歳11月のデビューから5戦勝ち上がることが出来ず、初勝利は3歳4月の未勝利戦でした。
 その後も条件戦を戦いながら3歳10月の九十九里特別(2500m、1000万条件戦)を勝利して、ようやく菊花賞に出走することとなりました。

 2004年の第65回菊花賞、デルタブルースは8番人気という、その戦績から見れば高い人気を得ました。ファンは、そのステイヤー血統を認識していたのでしょう。
 そして、このレースを見事に勝ちました。
 2着のホオキパウェーブに1・1/4馬身差を付けての初重賞勝利が、クラシックレースだったのです。

 「菊花賞馬」となったデルタブルースは、その後ジャパンカップ(2400m、ゼンノロブロイの3着)、有馬記念(2500m、ゼンノロブロイの5着)、アルゼンチン共和国杯(2500m、サクラセンチュリーの5着)と重賞を連戦しますが、少し距離が短い?のか、善戦はするものの勝てません。

 そして2005年12月の第39回ステイヤーズステークスに出走しました。
 3600mとなればデルタブルースの距離ですから、1番人気に応えて、2着の牝馬エルノヴァとの競り合いを制して、久し振りの勝利を挙げたのです。

 5歳の秋には戦いの場をオーストラリアに求め、23頭立ての長距離G1レースであったメルボルンカップ2006に挑みました。
 日本からの遠征馬ですから7番人気でしたが、1番人気のポップロックをアタマ差抑えて、見事に優勝。岩田康誠騎手とのコンビで海外G1制覇を成し遂げました。

 デルタブルースは故障がちの馬でもありましたから、個人的には「そろそろ引退かな」と思いましたが、この後7歳まで11走もするのです。
 G1を2つ勝っているので、当然出走レースもG1中心となりましたから、ディープインパクト、メイショウサムソン、アドマイアムーンといった強豪馬とのレースが続きましたので、メルボルンカップの後、デルタブルースが勝ち馬となることはできませんでした。

 デルタブルース号、父ダンスインザダーク、母ディクシースプラッシュ、母の父ディキシーランドバンド、母の父の父ノーザンダンサー。通算成績37戦6勝(内オーストラリア2戦1勝)、主な勝ち鞍、菊花賞、メルボルンカップ、ステイヤーズS。

 デルタブルースは、種牡馬になることが出来ませんでした。

 「生粋のステイヤー」血統のために、種牡馬としての市場ニーズが無かったのでしょう。
 7歳まで長く走った理由も、ここにあるのでしょう。

 日豪のG1を2勝しているクラシックホースが種牡馬に成れないというのは、とても残念な気がしますが、21世紀の競馬では仕方がないことなのかもしれません。

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