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HOME   »   スポーツ共通  »  日本文化の結晶 1964年東京オリンピック開会式
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 NHKアーカイブスという番組で、映画監督山本晋也氏が選んだ番組が放送されています。第一号というか1つ目の放送は「1964年東京オリンピック開会式」でした。昭和39年は、テレビのカラー放送が始まったばかりの頃で、オリンピックOLY開会式がカラー放送されるのも世界史上初めてでしたし、アメリカに衛星放送されるのも初めてでしたから、テレビという映像媒体史上を飾る、画期的な放送だったのです。

 このアーカイブス放送で、久しぶりにあの開会式を、少し長く見せていただきました。子供の頃、噛り付きながら見ていたことを思い出すと共に、まさに日本文化の結晶のような式であったと改めて感じました。

 第一のポイントは、国立競技場のトラックの素晴らしさです。当時の陸上競技場のトラックは「土」です。「土」といっても、アンツーカという特殊な土なのですが、土であることは間違いありませんから、現在のウレタンやゴムのトラックと違い、蹴ったり引っ掛けたりすれば崩れるものです。多くの人が歩けば、当然こなごなに崩れるものです。
 東京OLY1964は、現在ほどではないにしても、94ヶ国5000人近いアスリートが出場しました。コーチ他の関係者を含めれば5000人以上の人達が、開会式のときにトラックを歩いたのでしょう。
 
 しかし、式の後半になってもトラックが荒れている様子は見えませんでした。

 式の最初、選手入場の先頭としてギリシャ選手団が入場してきた時の、アンツーカトラックの美しいこと。真平らで、真っ直ぐなコースラインの白が際立ちます。当然ながら、コースラインも現在のようにウレタンに塗装してあるのではなく、土に石灰で書いてある(消石灰が置いてある)のですから、「真っ直ぐであること自体が奇跡的なこと」です。現在の野球場と同じです。当然沢山の人が歩けば、石灰ラインは散ってしまいます。

 その石灰ラインも、式の後半でも綺麗な状態を保っていました。もちろん、水に溶いた石灰を使うなどの工夫があったのではないかとは思いますが、とにかく素晴らしいクオリティです。

 1964年の、この国立競技場のアンツーカトラックには、日本の「物づくり」の精神・技術が遺憾なく発揮されていたのでしょう。

 アンツーカトラックは海外(フランス語ですから、フランスで開発されたものだと思います*)で生まれたものですが、国立競技場のアンツーカはもちろん国産です。従来のアンツーカに、工夫に工夫を重ねて造り上げられたものです。
 (*ちなみに、高温で焼いたレンガの粉を主体として出来ているアンツーカは、フランスでテニスコート用に開発されました。テニス全仏オープン会場・ローランギャロスの赤いコートが、まさにアンツーカです)

 日本人初のオリンピック金メダリスト(1928年アムステルダムOLY三段跳び)であり、この大会の日本陸上競技選手団の総監督でもあった織田幹雄氏は、1964年東京OLYのトラックについて「固いトラックが欲しい。非情なほどに固いトラックが」と要望したと伝えられています。固いほうが走る際にスピードが出し易いので、競走の記録が伸びますし、走り幅跳びや三段跳び、走り高跳びや棒高跳びなどの跳躍競技の記録も伸びますから、織田氏はそのように要望したのでしょう。 

 ただ固くするだけなら、それ程難しいことではないでしょうが、より細かい粒子の土を締めに締めることにより、固くすればするほど「スパイクの針で崩れやすくなってしまう」でしょうし、雨が降ったときの水捌けや、傷んだトラックを整備する時の所要時間の問題などが発生してしまいます。

 選手の筋力をより多く前進する力に変換し、余り崩れず、水捌けが良く、整備し易い、トラックなどという、過大な期待がトラックメーカーに寄せられたのですが、このテンコ盛りのスペックは見事に充足されました。その上、とても美しいのです。

 この世界最高のアンツーカトラックを創り上げたのは、奥アンツーカ株式会社ですが、我が国の技術の高さを示すものであると共に、「完璧を好み・追求する」といわれる日本人の気質・文化が良く現れている事象だと思います。そしてこの文化は、現在でも全く変わっていないと私は思います。

 第二のポイントは、選手団入場行進の整然とした様子です。
 先頭のギリシャから、最後の日本まで、94ヶ国の選手団は一糸乱れぬ行進をしました。驚くべきことだと思います。
 当たり前のことですが、選手団は世界中から集まっていました。堅苦しいことが苦手な国々の選手団も数多くあったことでしょうが、全体として列の乱れも最小で、選手団と選手団の間隔もキッチリしており、行進の渋滞もほとんど見られません。

 今見ると、「こんなことが可能なのか」と感じます。奇跡的な事象でしょう。

① 秒単位の運営が行われたこと
 これは、当時から伝えられていたことです。各国選手団の入場時刻が事前に秒単位で決められていて、それが実行されたということです。
 この実行に際しては、様々な工夫がなされていたことでしょう。簡単な工夫としては、大選手団の列は多く、小戦手団の列は少なくなっています。いつものように最大の選手団は、この大会でもアメリカ選手団でしたが、そのアメリカ選手団は10列位で行進していました。一方、例えばギリシャ選手団は3列でした。こうした運営により「選手団の長さをなるべく均等」にし、行進の所要時間をなるべく揃えることで、「どの国の選手団が何時何分何秒」に、国立競技場のオリンピックゲートをくぐり、入場すると決めたスケジュールを堅持したのです。ほとんど狂い無く実施されたと伝えられました。

 当然ながら、各国選手全員を集めた予行演習など出来る筈もありませんから、細部に渡る想定の繰り返しの中で本番を迎えて、これを実行してしまうというのは、凄いという他はありません。

 そもそも、選手団の入場行進で、94ヶ国全部に秒単位の入場時刻をスケジューリングすること自体が、やや几帳面に過ぎる感じがしますが、これを組み上げ、そして実行する力は、まさに日本文化そのものです。

 現在でも、日本の鉄道交通網の時間運営の正確さは、海外の皆さんから世界一と評価されていますし、事実世界一というか、スバ抜けて精緻なものでしょう。
 ご承知のように、多くの電車は15秒刻みで運行されています。例えば10時10分発と表記されている電車には、10時10分丁度発と10時10分15秒発と10時10分30秒発と10時10分45秒発があるということです。
 こうした精緻なダイアグラムを、キッチリ運行しようとする気質は、はるか昔から日本人に備わっている気質・文化そのものであり、東京OLY1964の開会式でも如何なく発揮されたということでしょう。そして、その文化は、現在でも全く変わっていないと私は思います。

② 各国選手団が秒単位の運営に協力してくれたこと
 前述のように、キッチリ運営したい日本人スタッフが揃っていても、世界中から集まった選手団・プレーヤーが、言うことを聞いてくれなければ、時間通りの運営は出来ません。
 最も不思議なことは「なぜ、世界中の様々な気質のプレーヤー達が、大人しく?大会関係者の運営に従ってくれたのか」という点でしょう。

 これは難しい問題ですが、私は「この時の国立競技場を包み込む雰囲気」のせいではなかったかと思います。
 本当は、オリンピックに出場できる喜びと、開会式の高揚感で、飛び跳ねてしまいたい気分の選手達を、お行儀良くしなければならないという気分にさせる雰囲気が、競技場全体に漂っていたのではないでしょうか。それも、強制的なものではなく、自然に従わなければならないような雰囲気が。

 この雰囲気を生み出したものは、大会係員の誠意に溢れた熱意なのか、昭和天皇・皇后両陛下の参列なのか、日本に到着し開会式までの数日を過ごす過程で、各選手達が何かを感じ取っていたのか、分かりませんが、色々な要素が渾然一体となって、奇跡的に整然とした開会式が実現したのでしょう。

 第三のポイントは、観客の素晴らしさです。
 若き日の山本晋也監督は、この開会式に観客として参加していたのだそうです。何とも羨ましい話ですが、その監督のコメントです。「歓声は、あまり上がりませんでした。拍手ばかりなのです。日本選手団の入場の時でさえ、拍手が沸きあがっただけでした。そして、どの国の選手団にも暖かい拍手が送られます。日本選手団だからといって、特別に大きな拍手というわけではないのです。」

 75000人の大観衆が、各国選手団に対して分け隔てなく接し、大騒ぎもせず、開会式の重要な要素としての役割を全うしたというのは、何か信じられないような事実ですが、これはまさしく「おもてなし」の文化そのものです。

 1945年の太平洋戦争終戦の時から、国民一人一人が自分達の生活の建て直しに邁進し、ようやく戦前の生活水準に戻り、これを乗り越え一層の経済力伸長を進めていた昭和30年代、日本国が戦後の混乱から復興したことの象徴としての東京オリンピックが開催されることとなったのです。

 首都高速道路や東海道新幹線も、突貫工事で建設が進められ、開会式直前に開通しています。国民が力を合わせて実現したオリンピックだったのです。
 こうしたオリンピックの開会式に臨んでは、観客も大喜びし、大騒ぎしても何の不思議も無いというか、必死に努力してきた10数年の思いを爆発させるのは、当然の行動にも思えるのですが、日本国民はそうはしませんでした。

 日本に来ていただいた、世界中のアスリートの皆さんに「不快な思いをさせたくない」「気持ちよくプレーして欲しい」、そして出来れば「日本は良い国であったという思い出を残して欲しい」という思いからか、大歓声の無い、平等な拍手だけの開会式を実行したのです。

 「真のおもてなし」精神であり、日本文化そのものだと思います。

 そして、この点について私は、現在は少し変わってきていると感じます。
 「おもてなし」などと、声高に言うことではないのです。お客様が「おもてなし」とは気付かない対応が「おもてなし」なのです。

 例えば、茶道で庭を歩いて茶室に至る道すがら、綺麗な紅葉の葉が飛び石の上に散り、水が打ってある、いかにも庭木から落葉したかのように見えますが、当然ながら全て主人が準備しておいたことです。例えば、紅葉の葉の枚数から配置まで、考えに考えて準備してあるのです。
 自然に見えて、良く管理されている状態、お客様に気持ち良く利用していただくための、ワザとらしくない意匠が「おもてなし」の本質でしょう。

 2020年のオリンピック招致活動における東京のプレゼンテーションで「お・も・て・な・し」と表現したのは、日本文化のPRとしては、とても意味のあるものだったと思います。

 しかし一方で、最近は、個別のホテル・旅館や料理店・レストランなどの紹介の際に、「私どもは、おもてなしのひとつとして・・・・」などという説明が成されることが多いのですが、そうした説明をすること自体が、既に「おもてなし」の精神から遠ざかっているように感じます。

 30年ほど前、仕事で地方のビジネスホテルに宿泊しました。小さなバスでシャワーを使い、体を拭きながら、直ぐ隣の洗面所の鏡を見ると、ちょうど顔の位置の一定面積が長方形型に曇っていないのです。曇り止めを塗ってあったのでしょう。
 もちろん、どこにも「鏡に曇り止めが施してあります」とは表示されていません。ホテルの方針なのか、部屋をクリーニングしてくれる人の心配りなのか分かりませんが、大変気持ち良く利用できました。
 現在では、多くのホテルで実行されていることですが、30年前は珍しかったと思います。「おもてなし」とは、こういうことだと思います。

 話を戻します。

 「『おもてなし』と気付かれない『おもてなし』が、競技場全体を包んでいた」のが、東京OLY1964開会式だったのでしょう。事前に、何の打ち合わせも無く、75000人が共通の「おもてなし」を実行できる日本という国。素晴らしいと思います。

 久しぶりに、カットの少ない「開会式」の映像を見て、涙が出ました。
 古関裕而氏作曲のオリンピックマーチ流れる国立競技場。本当に美しい式典であったと思います。

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