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HOME   »   日本プロ野球  »  [日本プロ野球] 「打撃の神様」 川上哲治氏 逝く
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 日本シリーズNS真っ只中の2013年10月30日、川上哲治氏の訃報が流れました。シリーズ第4戦開始前に伝えられましたので、このゲームでは両チームの選手が喪章をつけてプレーしました。

 川上氏は1920年3月熊本県生まれ、93歳での大往生でした。

 県立熊本工業高校時代に夏の甲子園大会に2度出場し、2度とも準優勝、春の甲子園大会にも1度出場し準優勝しています。甲子園大会準優勝計3回という、素晴らしい成績を残しました。この頃の川上選手は、エースピッチャーでした。

 1938年には東京巨人軍に入団、プロ野球選手として歩み始めます。
 太平洋戦争を挟んでのプロ野球選手としての大活躍は有名なことですので、ごく一部を記載します。
・ 首位打者5回
・ 本塁打王2回
・ 打点王3回
・ 最多安打6回
・ MVP3回
・ ベストナイン10回

 太平洋戦争時期には、そもそも職業野球(プロ野球)が開催されていない時期があり、川上選手も軍に入営していましたから、練習・試合が不足というか出来なかった時期が3年に及んだことをも考慮すれば、大変な成績です。

 枚挙に暇が無い大記録の連続ですが、中でも私が素晴らしいと感じるのは、1951年川上選手にとっての最高打率.377を記録したシーズンに、三振が6個しかなかったことです。規定打数に達していて首位打者を取ったプレーヤーの、年間三振数がたったの6個というのは、信じられないことです。確かに、選手時代を通じて三振が少ないプレーヤーでしたが、「この年川上選手の三振を見ることは、ホームランを見ることより難しかった」のです。
 もちろん打率.377も、ランディ・バース選手が1986年.3885で塗り替えるまで、長い間セントラルリーグ記録でした。

 1950年のシーズン中、多摩川グランドでの練習において「ボールが止まって見えた」という感覚に襲われたという有名なエピソードをも考え合わせると、この1950年から1951年にかけてが、川上哲治選手の全盛期であり、「打撃の神様」の面目躍如たる時期だったのでしょう。

 私などは、止まっているゴルフボールも左右に打ち分け?、OBも珍しくないので、「ボールが止まって見えて」も、当てることは容易では無いと感じますが、このレベルのプレーヤーにとっては、ボールが止まって見えれば、ヒットを打つことは容易なことなのでしょう。

 話を戻します。

 プレーヤー、特に打者として、日本プロ野球NPB史上に輝く名手であった川上選手ですが、引退後の監督としての活躍は、これに勝るとも劣らないものでした。

 1961年・昭和36年に巨人軍の監督に就任、1961年と1963年にリーグ優勝し、日本シリーズにも勝って日本一となりましたが、3位に終わった1964年(東京オリンピックの年)を経て、1965年・昭和40年から快進撃が始まりました。

 日本プロ野球史上に燦然と輝く「V9」が始まったのです。
 
 この1965年から1973年までの9シーズン、巨人軍はセントラルリーグを制し、日本シリーズも優勝して、9年間優勝し続けたのです。空前絶後の記録でしょう。

 よく「長島や王、柴田や高田、土居、黒江、森、高倉、国松といった素晴らしい選手に恵まれた。これだけの選手が揃っていれば、誰でもV9できる」という意見を耳にしますが、それは全く違うでしょう。

 確かに、長嶋茂雄・王貞治という、日本プロ野球史上でも屈指、あるいは最高のプレーヤーを2人も擁していれば、単年度で優勝することは可能でしょう。
 しかし、9連覇は想像以上に難しいものだと思います。

 選手の老化や入れ替わり、チームの好不調の波、そして他のチームの戦力上下等々、様々な要因が重なり合うことで、連続優勝の難度は天文学的に高くなると思います。「9連覇の難度は、単年度優勝難度の9乗」であろうと考えます。

 日本プロ野球史上で、この時の読売ジャイアンツに唯一匹敵するチームは、1985年~1994年の埼玉西武ライオンズだと思います。この10年間に、西武チームは1985年から1988年までの4連覇と1990年から1994年までの5連覇で、計9回のリーグ制覇を成し遂げ、内6回は日本シリーズにも優勝しています。

 埼玉西武ライオンズの黄金期であり、パシフィックリーグにおける輝ける一時代を築いたのです。この頃の西武も素晴らしい選手が揃っていて、世代交代もしっかりと行われていました。NPB歴代最強チーム候補のひとつでしょう。

 しかし、この最強西武ライオンズを持ってしても1989年を落としたのです。この年、優勝していればパ・リーグを10連覇できていたのかもしれませんが、これが「連覇の難しさ」なのだろうと思います。

 長嶋茂雄と王貞治という2つの強大・強烈な個性を並び立たせ、牧野茂コーチの「ドジャース戦法」を日本野球に取り入れ(今風に言えば「スモールベースボール」だと思いますが、長島と王というスーパー長距離砲を擁して、スモールベースボールに徹するというのも、凄いことです)、V9の陰の主役と呼ばれる、城之内邦雄、中村稔、宮田征典、金田正一、堀内恒夫、高橋一三、渡辺秀武、菅原勝矢といった投手陣を整備・維持し、「負けないチーム造り」に徹したマネジメント力は、他に類を見ない、極めて高度なものであったと思います。
 「監督の神様」と呼んでも良いでしょう。

 1965年・昭和40年は、東京オリンピック後の「証券不況」と呼ばれた大不況の時期でした。経済成長をしている時期に、オリンピックなどの大事業を行い、多額の公共投資が実施された国は、その直後にリセッション・不況に見舞われることが多いのですが、我が国も例外ではありませんでした。
 四大証券のひとつ山一證券が、実質的には倒産したのです。

 この不況から、約1年間で日本経済は立ち直り、いわゆる「高度成長期」に突入します。1973年・昭和48年のオイルショックにより終焉を迎えるまで続いた、大成長期でした。

 戦後日本の歴史上で戦争直後を除けば、最も激しいインフレーション(物価上昇)が続きましたが、しかし労働者の賃金もインフレ率と同等に上がり続けましたから、世の中は活気に溢れていました。給与が2倍3倍になって行ったのです。

 この「高度成長期」に、家庭にはテレビ・冷蔵庫・洗濯機・電話などの生活家電・設備が整いました。一方で、国庫の税収も伸び続けましたから、日本の隅々にまで電気・ガス・水道といったインフラが整備されたのです。(隅々まで、インフラが整っている国は、実はそう多くはありません)

 昭和40年と昭和48年では、日本人の生活レベルが格段に違いました。これ程、国民全員が相当に等しく豊かになっていった時期は、日本の歴史上初めてであり、唯一であるとも思います。概ね全ての日本国民が、成長と豊かさを実感したでしょう。

 勤務する会社の業績も右上がりが続きましたから、社員達にとっても忙しい日々が続きました。
 疲れて家に帰り、一杯のビールを楽しみながら、家族と過ごす団欒には、テレビから巨人軍の活躍が流れています。長島選手や王選手の大活躍が画面いっぱいに展開されたのです。
 巨人ファンは勝利を願い、アンチ巨人の人達は負けを願って、等しく画面に見入りました。

 この「高度成長期」の期間を通じて、巨人軍は優勝し続けたのです。毎年セ・リーグを制し、日本シリーズに勝ち続けたのです。そして、日本人の、特に一家の大黒柱であるお父さんは、巨人軍の活躍を見ることにより、気分転換を実現し、明日への活力を得て、働き続けました。

 この「V9と高度成長期の完全な一致」は偶然なのか必然なのかには、議論があるところでしょうが、「巨人のV9」が日本の高度成長を支えたことは、間違いが無いことのように見えます。

 2013年・現在の日本国のインフラを含む礎を築いたのは、この高度成長期に間違いありませんから、大袈裟に言えば「V9が日本国の礎を築いた」ことになりそうです。そして、そのV9プロデュースの中心人物が川上哲治監督なのです。

 1980年代の半ば、今から27年前に、会社のお客様向け講演会講師として、川上哲治氏に来ていただいたことがあります。当時講演会運営担当だった私は、講演前に川上氏としばらく話をする機会に恵まれました。
 そして講演いただき、講演後の懇親パーティにも参加いただきました。既に60歳台半ばだったと思いますが、そのキメ細やかなご配慮の数々に感服しました。200名以上のパーティ参加者全員と3~4人ずつの写真に納まっていただいたことを憶えています。

 笑顔を絶やさず、まるで好々爺の風貌でしたが、テーブルを回りながら、常に周りに気を配り、細かな対応を続ける姿に、V9を達成し得る指揮官の本質を観たように感じたものです。

 偉大なるプレーヤーにして不世出の監督であった川上哲治氏。ご冥福をお祈りいたします。
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