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HOME   »   サッカー  »  [サッカー]  ペレ  世界最高のプレーヤー
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 「エドソン・アランチェス・ドゥ・ナシメント」、サッカーの王様ペレの本名です。「ペレ」は愛称ですが、おそらく過去50年間の世界中の全てのスポーツ選手の中で最も有名なプレーヤーであり、スポーツ以外の政治・経済・文化・芸術他の全ての分野を含めても、最も知られた人物であろうと思います。

 ペレは、1940年にブラジルに生まれました。父親もプロのサッカープレーヤーでしたが、故障で早々に引退、幼いペレも靴磨きなどで家計を助けたそうです。母親は、ペレにサッカー選手といった不安定な職業にはついて欲しくないと考え、ペレへの教育も行いましたし、ペレ自身も飛行機の操縦士を目指した時期がありました。しかし、やはりサッカーへの憧れは捨てがたかったようで、母親の目を盗んで父親からサッカーを学んだそうです。

 1956年16歳でサッカーチーム・サントスFCに入団しました。そして1974年まで18年間、サントスFCでプレーしています。
 ペレを語る時、その特徴の第一として挙げられるのが、現役時代のほとんどをひとつのクラブで過ごしたということです。一流のプロサッカープレーヤーであれば、ビッグクラブを渡り歩きながら、自らの処遇を上げていくのは自然なことで、世界中のトッププレーヤーが実践していることですが、世界最高のサッカープレーヤーといわれるペレは、ブラジル・サントスFCを動いていません。(プレーヤーとしての晩年1975年~1977年にアメリカ合衆国のニューヨーク・コスモスに所属したのが唯一の例外です)

 当然ながら、ペレには欧州のビッグクラブから獲得のオファーが殺到しています。ブラジル代表の同僚、例えばジジはレアル・マドリード、ジノ・サニはACミランといったように、欧州のビッグクラブでプレーしていましたが、ペレはブラジルを離れませんでした。ブラジル政府が「ペレは国宝であり、輸出対象外である」としたとか、サントスFCが多額の報酬を用意したといった動きもありましたが、何より本人がサントスFCでプレーすることを選んだのです。
 ペレというプレーヤーが、その長い全盛期にブラジルを本拠地としたことが、ペレが比類のない存在になりえた、大きな理由のひとつだと思います。

 ペレを語る時、その特徴の第二として挙げられる事実であり、世界最高のサッカープレーヤーと呼ばれる最大の理由は、FIFAワールドカップでの活躍です。ペレは、1958年スウェーデン大会・1962年チリ大会・1966年イングランド大会・1970年メキシコ大会の4つのワールドカップに出場し、3回優勝しています。そもそも、ワールドカップ最多優勝国はブラジルで、5回の優勝です。その5回の優勝の内、3回の優勝に、ペレはプレーヤーとして関係したのです。これは、単純に回数だけでも比類のない記録です。

 例えば、アルゼンチンにディエゴ・マラドーナというスーパースターが居ます。マラドーナは、1980年代の世界サッカーをリードした存在で、世界サッカー史上に残る名プレーヤーです。このマラドーナも4回のワールドカップに出場していますが、優勝は1986年メキシコ大会の1回です。
 西ドイツ(現ドイツ)のフランツ・ベッケンバウアーも、世界最高のサッカープレーヤーの候補に常に挙がるプレーヤーです。ベッケンバウアーはワールドカップに3回出場し、優勝は1974年の地元西ドイツ大会の1回です。
 フランスのジネディーヌ・ジダンも、20世紀から21世紀にかけて活躍したスター選手ですが、ワールドカップには3回出場、優勝は1998年地元フランス大会の1回です。
 ワールドカップの得点記録を持つ、ブラジルのロナウドはワールドカップに3回出場し、優勝は2002年の日韓大会の1回です。

 オランダのヨハン・クライフやフランスのミシェル・プラティニ、あるいは現在のトッププレーヤーであるアルゼンチンのリオネル・メッシやポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドといったスーパースター達は、ワールドカップでは1回も優勝していません。

 FIFAワールドカップという大会は、其々のプレーヤーにとって「一度は優勝したい大会」であることが分かりますし、「一度優勝することだけでも、とても難しい大会」であることが分かります。

 前述のマラドーナを始めとするスーパースター達について、どうこういうつもりは全くありません。どのプレーヤーも世界のサッカー史を彩っている最高のプレーヤー達です。ここで述べたいのは、3回優勝しているペレのワールドカップにおける実績は、他の全てのプレーヤーを圧倒しているという事実です。

 ペレが初めてワールドカップに出場したのは1958年のスウェーデン大会、ペレが17歳の時でした。16歳でサントスFCに入団しプロのプレーヤーになって直ぐに、2年連続でサンパウロ州選手権得点王に輝いたことが、若年での出場に結び付いたのでしょう。この大会でも、ペレは6得点を上げ、ブラジルチームの優勝に貢献しました。これがブラジル代表チームにとって、初のワールドカップ優勝でした。

 特に、決勝のスウェーデン戦55分の浮き球からのボレーシュートは素晴らしく、今でもワールドカップのベストゴールのひとつとして、時折テレビ映像で紹介されます。白黒画面に、痩せていて華奢な若き日のペレのシュートは、是非ご覧いただきたいゴールシーンです。
 
 この大会で、ブラジル代表チームとペレは2つの後世に残る記録・事象を生み出しています。

① 欧州地域の大会で、南米チームが優勝したこと。
FIFAワールドカップは、欧州地域での大会では欧州の国が、南北米州地域での大会では南米の国が、一つの例外を除いて必ず優勝しています。その唯一の例外がスウェーデン大会のブラジルの優勝です。
② この大会でペレが付けた背番号10番が、この後、各チームのエースが付ける背番号となったこと。
後で報じられたところでは、この大会のブラジルチームの背番号はクジ引きで決められたそうですので、ペレが10番をつけたのは偶然ということになります。にも拘わらず、10番がエースの背番号になったということは、この大会におけるペレの活躍が、いかに印象的であったかということを示しています。

 続いてペレは、1962年のチリ大会に出場します。この大会のペレは、一次リーグの初戦で1得点1アシストと好スタートを切りましたが、続く2戦目に負傷し、その後のゲームには出ていません。ブラジルチームはしかし、世界屈指のウイングプレーヤーであったガリンシャらの活躍で2連覇を遂げました。

 続いてペレは、1966年のイングランド大会に出場します。この大会では、25歳になり、既に並ぶもの無き世界的プレーヤーに成長したペレに対して、各チームが執拗なマークを展開し、ペレが負傷するとともに、ブラジルは敗退しました。

 ペレの最後のワールドカップ出場は、1970年のメキシコ大会でした。この大会でペレは4得点しか上げていませんが、ゲームメーカーとしてジャイルジーニョやカルロス・アルベルトの得点をアシストする活躍をみせました。スウェーデン大会の時に比べると、胸板も厚くなり、全身に筋肉の鎧を付けた大人のペレでした。この当時でも身長は171㎝しかなかったのですが、ヘディングの高さでも優位にあり、タックルをされても全く動じない、驚くべきプレーを連発していました。

 私は時間があると、この大会の決勝戦・ブラジル対イタリアのゲームの録画を見ます。メキシコシティーという高地でもあり、運動量は少ないのですが、ジャイルジーニョ、トスタン、リベリーノ、ジェルソンといった素晴らしいプレーヤーが縦横に動き回り、その中心にペレが居る、豪華絢爛なチームでした。おそらく世界歴代でも最強のチームのひとつでしょう。
 試合は4対1で、ブラジルが勝ったのですが、1失点がブラジルバックス陣のパスミスからの失点であったり、リベリーノが景気よく?シュートを何本も吹かしたりしていましたので、試合内容はブラジルの圧勝であったと思います。
 
 この優勝でブラジルチームは、世界で初めてFIFAワールドカップ3回目の優勝を成し遂げ、3回優勝したら取り切りのルールであった、一代目の黄金の優勝カップ「ジュール・リメ杯」を獲得しました。(後に盗難にあい、現在行方不明です)
 第二次世界大戦前1938年までに、既にワールドカップに2回ずつ優勝していたウルグアイとイタリアを一気に抜き去り、ジュール・リメ杯を取り切ったブラジルにとっては、ペレの活躍が原動力となったことは間違いありません。

 ペレの時代は、ブラジル代表チームにとって最初の黄金時代でしたが、ペレが去った後、再びブラジル代表がワールドカップに優勝するのは24年後、1994年アメリカ大会を待たねばなりませんでした。

 ペレには、伝説が沢山ありますが、いくつか紹介しましょう。

・20年程前に、元サッカー日本代表監督だった方にお話を伺う機会がありました。「ペレはパスポートが要らない、世界中どこでも彼を知らない人は居ないから。連絡しないで、どの国に行っても、空港に車が待っていて、護衛の白バイが複数付く。彼の動きは、逐次FIFAが把握しているから」とおっしゃっていました。
・1970年代の欧州におけるブランド調査で、1位がコカコーラ、2位がペレでした。
・イングランド最強のプレーヤーにして、1966年イングランド大会優勝の立役者でもあったボビーチャールトンの言葉「時々、サッカーというのは彼(ペレ)のために創造されたものではないかと考えることがある」
・現代のトータルフットボールの元祖にして空飛ぶオランダ人といわれた名プレーヤー、ヨハン・クライフの言葉「ペレは論理の限界を超えている唯一のプレーヤーだ」
・面談の席でロナルド・レーガン米国大統領から「自己紹介の必要はありません。あなたのことを知らない人などいませんから」

 まだまだ、他にも伝説は沢山ありますが、これぐらいにしましょう。

 ペレは、その22年間の現役生活の中で、1363試合に出場し1281得点を挙げています。1281得点は、空前絶後の記録です。(西ドイツのボンバーといわれた得点王ゲルト・ミュラーが504得点、マラドーナが334点です)このほかにも、ペレの記録を挙げていくと、きりがありません。

 ペレが活躍した1950年代後半から1970年代中盤の時代は、近代サッカーが世界的な繁栄に向かう時代そのものです。時代がペレを待っていたし、ペレが時代を造って行ったのでしょう。

 ペレは、ブラジル南東部の町トレス・コラソンエスで生まれましたが、その頃町には初めて電気が通りました。そこで、両親は発明王エジソンにちなんで、その子を「エドソン」と名付けました。
 その子は長じて、発明王エジソンに負けない「サッカーの王様」になりました。

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