HOME   »  
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
 第12組でオランダのヨリン・テルモルス選手が、1分13秒56というオリンピック新記録をマークして首位に立ち、日本の高木美帆選手、小平奈緒選手がこの記録に挑むという構図のレースでした。

 記録が出にくい印象のカンヌンオーバルにおける1分13秒56というのは、まさに好記録であり、テルモルス選手のスケーティングは凄い迫力でしたが、我らが高木・小平の両選手は全く怯むことなく挑みました。

 カンヌンオーバルは、前半から飛ばすと後半は酷いタイムになってしまう感じですから、高木選手が前半抑えて滑っていた時には、十分にチャンスがあると思いました。
 その「前半抑えて入った」ように見える高木選手でさえ、残り1周の地点では、テルモルス選手より5m以上前の位置を滑っていたのです。
 最後の直線に入って、高木選手はややスピードを落とし、1分13秒98でゴールしました。13秒台はとても立派な記録なのですけれども、テルモルス選手には及びません。

 第15組に登場した小平選手も、相当に抑えて入りました。500mのスピードを封印して、じっと我慢の滑り。それでも、残り1周の地点では、テルモルス選手より1~2m前に居るのです。ラスト1周、小平選手は渾身の滑りを披露しゴール寸前まで、「仮想」テルモルス選手と接戦を演じましたが、残り50mで少しスピードが落ちました。
 それでも、1分13秒82のオリンピック新記録で走破していたのです。

 小平・高木の2選手は、持てる力を披露しましたし、「戦術」面でも、戦前に構築した方法を相当忠実に実行できていたように見えました。
 
 その高い実力と高度なトライが、銀メダルと銅メダルに結びついたことは間違いありません。
 夏・冬のオリンピックを通じて、日本女子チーム初の「同一種目複数メダル獲得」は、こうして実現したのです。
 まさに「快挙」でしょう。

 それにしても、テルモルス選手の滑りには「度肝を抜かれ」ました。
 特に、ゴール前80mのスピードは凄まじいもので、テレビ画面ではゴールの瞬間がよく観えなかった感じがするほど。有り得ないことなのでしょうが、「加速しながらゴールラインを通過した」ようにさえ見えました。

 オリンピックチャンピオンの称号に相応しい、素晴らしいパフォーマンスでした。
 前半のジャンプが終了した時点で、渡部暁斗選手には、エリック・フレンツェル選手(ドイツ)とルーカス・クラブファー選手(オーストリア)とのメダル争いになることは、分かっていたのではないでしょうか。

 そして、フレンツェル選手が強敵となることも分かっていたのでしょう。

 逆に言えば、フレンツェル選手から見れば、ジャンプ終了時点でクロスカントリーの出走順が5番目で、ライバルの渡部選手との差が「8秒」となったところで、金メダルを確信したことになりそうです。
 
 毎週のように試合を行っている、世界トップクラスのアスリート達にとっては、相対的な自らの強み・弱みが十二分に把握されている筈で、フレンツェル選手はクロスカントリーの能力において渡部暁斗選手に勝っていること、特にゴール前のスプリント勝負となれば、絶対に負けないという自信が有ったと思います。

 ジャンプで3位につけた渡部選手としては、ジャンプ1位・2位の選手よりクロスカントリーの力量が勝っているものの、後ろから「8秒差」で追ってくるフレンツェル選手とは、厳しい戦いになることが予想されていたのでしょう。
 クロスカントリー開始前のインタビューでも、そうしたニュアンスが感じられました。
 渡部選手としては、フレンツェル選手のコンディションが良くないことを祈る形だったのだと感じます。

 しかし、オリンピック2連覇中のフレンツェル選手の、今大会に向けての準備は万全でした。残念ながら、渡部選手はクロスカントリー競技のゴール前の坂で、フレンツェル選手のスパートに付いて行くことが出来ず、僅か4.8秒差の2位となったのです。

 陸上競技の中・長距離でも同断ですが、「スプリント力」の差を埋めることは至難の技です。渡部選手がフレンツェル選手に勝つためには、ゴール前2km辺りからのロングスパートが考えられますが、ロングスパートを行ったところでフレンツェル選手に差を付けることが出来るかは分からないところですし、自身のスタミナを消費するプレーですから、金メダルどころか4位かに落ちるリスクも有るわけです。うかつには採り得ない戦術ですし、何より毎週のように戦っている相手ですから、そのプレーの特質・力量を十分に知っている相手ですから、今回の様な形になるのは止むを得ないことだったのでしょう。

 そういう意味で、前半ジャンプ競技終了時点で、フレンツェル選手の優勝・オリンピック3連覇の確率はとても高かったことになります。

 一方で、渡部暁斗選手の力量の高さ、安定感も特筆されるべきでしょう。
 もし、フレンツェル選手のジャンプが不調で、渡部選手から1分以上後にスタートしていれば、渡部選手が優勝していたのでしょうから。
 フレンツェル選手が僅少差でスタートすることになった今大会iにおいて2位となったということは、「この形なら他の選手には負けない」力があり、その力を存分に発揮したということになるからです。

 この安定感は、素晴らしいの一語でしょう。

 渡部暁斗選手もオリンピック2大会連続銀メダルという、我が国の複合競技史上に輝く活躍を魅せてくれました。

 日本の誇りなのです。
 「金メダル獲得」「打倒ショーン・ホワイト」を目指していた平野選手にとっては、悔しい、本当に悔しい銀メダルであろうと思いますが、その戦い振りは「堂々たるもの」でした。

 この競技において、世界一はショーン・ホワイト選手、世界NO.2は平野歩夢選手ということを、世界中に明示したのですから。

 世界中の誰もが認める「世界NO.2」のプレーヤーというのは、今の日本人アスリートに何名いるのでしょうか。
 平野選手の偉大さがよく分かります。

 決勝の2本目でダブルコーク1440を2回連続で決めて95.25点をマークし、それまでトップだったショーン・ホワイト選手を抜き、平野選手が首位に立ちました。試合前からの「予定通り」の試技であったと思います。
 オリンピックの決勝という、これ以上は無い大舞台で、「予定通り」の技を決め、予定通りにトップに立つというのは、当然ながら、とても凄いことです。

 一方で、抜かれたホワイト選手が、3回目に、平野選手と同じくダブルコーク1440を2回決めて、さらにマックツイスト1260を続け、97.75点を挙げて再びトップに返り咲くというのも、本当に凄いことです。

 現在の男子ハーフパイプ界は「ホワイト・平野時代」と呼んで、差支えないでしょう。

 「冬のオリンピック2大会連続」銀メダルというのは、我が国のスポーツ史上に輝く快挙です。

 しかし、平野歩夢選手の眼は「金メダル」を観ているというか、「金メダルしか観ていない」ように感じられます。

 世界一を目指す、平野選手の挑戦が続きます。
 2月12日に行われた、スキージャンプ女子ノーマルヒルで、高梨沙羅選手が銅メダルに輝きました。
 ソチ大会に「大本命」で臨みながら4位に終わった雪辱を果たしたというところでしょうか。

 優勝したマーレン・ルンビ選手(ノルウェー)が264.6点、2位のカタリナ・アルトハウス選手(ドイツ)が252.6点、3位の高梨選手が243.8点、4位のイリーナ・アブバクモア選手(個人資格・ロシア)が230.7点でしたから、今回の女子ノーマルヒル種目は「10点差」のジャンパーが綺麗に?並びました。

 何か、高梨選手の3位・銅メダルが「必然」だったように見えます。

 まるで「勝負の神様」が、それぞれのメダルを配置した結果のようです。

 ソチ大会前から、世界の女子スキージャンプを牽引してきた高梨選手に「勝負の神様からのご褒美」が贈られたようにも感じるのです。

 2本目のスタート台に座っている高梨選手の表情は、真剣ながら気負いも無く、とても良い姿に見えました。
 そして、アプローチからサッツ、美しく安定した空中姿勢から着地と、とても完成度の高いジャンプでした。
 着地後、ランディングバーンを滑り降りてくる高梨選手はガッツポーズ。
 満足できる試技だったのです。

 試合後のインタビューでも、「最後に、ここ(平昌)に来て一番良いジャンプが出来ました」とコメントしていました。
 現在の実力を存分に発揮したということになります。

 その後、各テレビ局の平昌スタジオでインタビューを受ける度に、「金メダルへの意欲」が増していました。現状では銅メダルの力であり、金メダル目指して、今後も精進する、というコメントが多くなりました。

 確かに、ルンビ選手の飛距離、105.5mと110.0mに対して、高梨選手は103.5mが2本ですから、現状の飛距離の差は明らかです。色々な要素があるとはいえ、やはり「サッツのパワー・スピードと角度」の差が、飛距離に出ていると見るのが常道なのでしょう。
 高梨選手にも、それが分かっているのだと思います。

 高梨選手は既に、ワールドカップ通算53勝という史上最多勝ジャンパー(男子のシュリーレンツァウアー選手と同記録)ですから、世界スキージャンプ史上に燦然と輝く大選手であることは、間違いありません。

 その高梨選手が、オリンピックチャンピオンを目指す道程を継続するのです。

 2022年の北京大会における活躍に期待しましょう。
 死力を尽くして滑り切った高木選手の姿には、満足感が溢れていました。

 2月12日に行われた、スピードスケート女子1500mで、高木美帆選手が銀メダルを獲得しました。

 1分54秒55という好タイムで滑り切った高木選手は、走破後、手を挙げて歓声に応えました。そして、コーチ、同僚と抱き合い、涙を流しました。
 「やり切った」という満足感、今の力を出し切ったという感覚が、高木選手を覆っていたのではないかと感じます。

 最終組の高木選手がスタートラインに立った時には、1~3位をオランダ勢が占めていて、このまま「2大会連続のメダル独占」か、という雰囲気が漂いました。
 こういう時には、どうしても「入りが速くなりがち」であろうと思います。事実、高木選手と同組のベルフスマ選手(アメリカ)、現在のこの種目の世界記録保持者、昨年この会場で行われた世界距離別選手権大会の優勝者、はぶっ飛ばしました。最初の500mで高木選手を大きく引き離したのです。

 同組のスケーターに大きく離されれば、「焦り」が出そうなものですが、高木選手は冷静そのもの。自らのペースを全く崩しませんでした。

 ラスト1周に入る所で追い付いた高木選手は、それまでトップのブスト選手との争い、見えないライバルとの戦いに入りました。
 そして、僅か0.2秒、約2m及ばず2位となったのです。

 その結果を見た瞬間の、ブスト選手の喜びようが、高木選手の実力を証明しています。

 スケート王国オランダ史上でも最強の女王と呼ばれるイレイン・ブスト選手に、これだけの「勝利の喜び」を与えたのは、高木選手なのです。

 3000mではやや元気が無い感じがした高木選手は、次第にコンディションを上げてきました。

 1000mやチームパシュートにおけるパフォーマンスが、本当に楽しみです。
 2月12日に行われたフリースタイルスキー男子モーグルで、原大智選手が銅メダルを獲得しました。
 この種目で、日本男子が初めて獲得したオリンピックのメダルでした。

 この種目の予選では、日本勢の得点が上がりませんでした。
 滑りもジャンプも良く出来ているように観えるのですが、80点をなかなか超えないのです。
 この大会の「採点競技」では全般に日本チームには厳しい採点が多いように感じていましたので、この種目もか・・・と思いました。

 ところが、準々決勝に入ると、日本勢の得点がみるみる上がってきたのです。

 何か「吹っ切れたような」印象でした。

 もちろん、日本チームの各選手が予選より良い試技を披露したことは間違いないのでしょうが、それにしても「一気に」壁を突破した感じがしました。

 「これは行ける」と思いました。

 決勝進出の6プレーヤーを決める準決勝では、遠藤尚選手、堀島行真選手は共にコースアウト、あるいは転倒してしまい、途中棄権となりましたが、そのダイナミックなチャレンジは本当に迫力満点でした。
 素晴らしいトライ、思う存分、オリンピックチャンピオンを目指す試技を披露してくれたのです。ほんのわずかなミスにより、残念ながら棄権となりましたが、ある意味では納得できるトライだったのではないでしょうか。

 さて、日本勢で唯一決勝に駒を進めた原選手の、ラストチャレンジは、見事なものでした。
 スピード十分に、真っ直ぐ降りてくるのです。

 頭がほとんど動かず、下半身は自在に動きます。
 「無心の滑り」だと感じました。ただ、ゴールを目指して、ひたすら滑るスキーの美しいこと・・・。
 24秒9で滑り切り、82点19、3位でした。

 原選手に笑顔が溢れました。こんなに笑っている日本のメダリストも珍しい、と思いました。

 「とても楽しかった。こんなに楽しかった大会は初めて」とコメントしていましたが、その表情には満足感が滲んでいました。

 そして、この原選手の銅メダルは、大会開始以降、日本選手団を覆っていた「どんよりとした雲」を一気に払ってくれたように感じます。
 
 日本選手団にとっての平昌オリンピックは、「男子モーグルの準々決勝」から始まったのかもしれません。
 フィラデルフィア・イーグルスが初優勝した第52回スーパーボウルですが、アメリカ合衆国では、こうしたメジャースポーツで「初優勝」とか「何十年ぶりの優勝」といった際に、「呪いの話題」が登場することが多いようです。

 2016年のMLBワールドシリーズでシカゴ・カブスが108年ぶりに優勝した際にも、「ヤギの呪い」がついに解けたと騒がれました。これは、ワールドシリーズ2016終了後も相当の期間取り上げられ続け、1945年にそのヤギを球場に連れて行ったビリー・サイアニス氏のご子孫の方々までがメディアに登場し、様々なコメントを残しました。

 今回のイーグルス・スーパーボウル制覇に関する「呪い」は、「ヤギの呪い」に比べて、やや取り上げ量は小さいのですが、それでも様々なメディアに登場しています。

 この「ウィリアム・ペンの呪い」は、17世紀にフィラデルフィアという町を作った英国人ウィリアム・ペン氏の銅像が市庁舎の最高地点に据え付けられているのですが、大きな建物である市庁舎より高い建物は、フィラデルフィアには造らないという不文律が有ったのです。

 時は流れ、1987年複合商業施設ワン・リバティ・プレイスが完成しました。これが高さ288mという、市庁舎より遥かに高い建造物だったのです。次代の流れの中でこうした建物が登場するのは、自然なことでしょう。

 ところが、前述の不文律を破った「呪い」からか、1987年以降、フィラデルフィアにホームを置くメジャー4スポーツのチームが、全く頂点に立つことが出来なくなってしまいました。
 「呪いの威力」は物凄いものだったのです。

 そこで2007年、ワン・リバティ・プレイスが出来てから20年後と言うのも遅すぎる感じがしますが、このビルの屋上にウィリアム・ペン氏の銅像のレプリカが設置されました。
 すると2008年には、MLBのフィラデルフィア・フィリーズがワールドシリーズを制覇したのです。
 銅像のレプリカを、市内で最も高い建物の頂上に設置した効果は、かくも偉大なものだったのです。
 これで「呪いは解けた」とフィラデルフィアの市民は安心したことでしょう。

 再びところが、その2008年にワン・リバティ・プレイスより54mも高い、コムキャスト・センターが、市内に完成してしまったのです。
 そして再び、フィラデルフィアをホームにするメジャーチームは、優勝から見放されてしまいました。
 本当に「呪いの威力」は凄まじいものなのでしょう。

 とはいえ、フィラデルフィアの人達も、しばらくはこの「呪い」を忘れていたのでしょうか、あまり話題にも上りませんでした。2008年のMLBワールドシリーズ制覇の喜びが、長く続いていたのかもしれませんし、大都会にしてアメリカ合衆国屈指の歴史と伝統を誇るフィラデルフィアの人達は、ホームチームの成績に対して比較的「鷹揚」なのかもしれないと感じます。

 再び再びところが、NFL2017~18シーズンが始まると、我らがイーグルスの快進撃が始まりました。クオーターバックQBカーソン・ウェンツ選手の活躍もあって、カンファレンス勝率首位を狙えるプレーが続いたのです。

 ここでフィラデルフィア市民は「ウィリアム・ペンの呪い」を思い出しました。
 この「呪い」が在る限り、イーグルスはスーパーボウルに優勝できません。
 2017年の秋になって、この話題が突然?のように、取り上げられるようになったのです。

 そして2017年11月27日、コムキャスト・センター建設の現場監督補佐だった人物が、この建物のてっぺんに這い上がり、鉄骨の梁の上に「ウィリアム・ペン氏のフィギュア」を置いてきたと報じられました。
 これで「呪い」が解けるかと期待されたのですが、事はそう簡単ではありませんでした。

 2017年12月10日のweek14のゲームで、QBカーソン・ウェンツ選手が、「今季絶望」の大怪我を負ってしまいました。
 「呪い」は弱まるどころか、一層強くなった感が有りました。
 何しろ、フィギュア設置早々の大怪我でしたから、「フィギュアなんて置きやがって。許さないぞ(荒っぽい言葉で恐縮です)」とウィリアム・ペン氏が怒りを増大させたかのようでした。

 「銅像では無くてフィギュア」を設置したのが良くなかったのか、理由は不明でしたが、今季のイーグルスを牽引してきた中心選手が戦列から離脱してしまったのですから、2018年のスーパーボウル制覇は、遠のいたように見えました。
 メディアもポストシーズにおける「イーグルスの早々の敗退」を予想するものが多かったのです。

 再び再び再びところが、ウェンツ選手に代わったQBニック・フォールズ選手を中心としたイーグルスは、ポストシーズンを快走し、ついにスーパーボウルを初制覇したことは、ご存じの通りです。

 銅像では無くてフィギュアでも、市内最高の建物の頂点に置くことで「呪いは解けた」ことになりました。
 スーパーボウル2018におけるイーグルスの優勝後、この話題も幾度か取り上げられていました。

 それにしても、フィラデルフィアのメジャースポーツファンの方々は、市内最高の建物を建設したら、その都度ウィリアム・ペン氏の像を、当該建物の最高点に設置すれば良いのにと思いますが、今後はどのような対応になるのでしょうか。
 「ウィリアム・ペンの呪い」は、繰り返されるタイプのものですから、繰り返しの対応が必要なのです。

 「ヤギの呪い」にしても「ウィリアム・ペンの呪い」にしても、これは「偶然」であると考えるのが、科学的な見方なのでしょう。
 長く不振に喘ぐチームが、着々と強化を進め、その強化が実を結び始めた頃に、「呪い」の話が出てきている、と見るのが合理的なのでしょう。

 とはいえ、あまりに「タイミングが合っている」、例えば「ウィリアム・ペンの呪い」について見れば、2度とも「像を設置して早々に」優勝しているのは、やはり不思議と言わざるを得ません。
 やはり「呪い」はあるのだと考えたくもなるのです。

 アメリカ合衆国の人達は、「自分たちの国には長い歴史が無い」と嘆くように言います。(もちろん、心底から嘆いているわけではないのでしょうが)
 アメリカ合衆国はやはり「新世界」なのです。

 その「新世界」においては、「呪い」さえ歴史の一部として、ある意味では「大切にされる」ものなのかもしれません。
 2月11日、アルペンシア距離センターで行われた男子30kmレースで、ノルディックの本家、クロスカントリースキーの「王国」ノルウェーチームが、メダルを独占しました。

 前半の15kmをクラシカル走法、後半の15kmをフリー走行(殆どの選手がスケーティング走法)で争われたレースでした。
 
 オリンピックや世界選手権といった大きな国際大会では、30km競走は最後まで先頭集団が形成され、残り1km辺りからのスプリント勝負になることが多いのですが、今回は違いました。

 スタート直後からフィンランドのイーボ・ニスカネン選手が出たのです。
 世界選手権の優勝経験もあるニスカネン選手が早々に独走を目指したのですから、他の選手達も「放っておく」訳には行きません。
 5~6名の選手がこれを追ったのです。相当速いペースに観えました。

 ニスカネン選手としては、常に集団走を展開し、自分達に有利な体制を創り上げることが上手なノルウェーチームに対して、「1対1の力勝負」を目指したのだろうと思います。

 ところが、この日の競技場は「風が強かった」、それも地表の雪が吹き飛ばされる程の強風でした。この環境下での単独走では、体に強風をまともに受けてしまいます。疲労の蓄積が速いのです。

 クラシカルからスケーティングへの切り替えのタイミング以降、ニスカネン選手はズルズルと後退し、最期は19位でした。今回は、ニスカネン選手のトライは成功しなかったのです。

 さて、後半に入って、ノルウェーのマルティンヨンスル・スンビ選手とハンスクリステル・ホルン選手がレースを引っ張りました。ノルウェーチームのお家芸「集団走」を展開したのです。
 そしてここに、シモンヘルスタッド・クルーガー選手が加わり、3名のチーム走になりました。
 当然のことながら、オリンピックチャンピオンを決めるレースにおける「集団走」ですから、個々の選手が世界トップクラスの力を身に付けていることは明らかです。
 やや力が劣る選手達が集まって、力不足を補おうとする集団走とは、全くの別物なのです。

 なお、このレースの開始直後、大集団の中で3名が巻き込まれる転倒がありました。
 その転倒に、クルーガー選手が含まれていたのです。スキーやストックが壊れるレベルの転倒でしたから、レースに戻ったクルーガー選手は、先頭集団から大きく遅れたのです。
 しかし、クルーガー選手は慌てることなく、前半の15kmをかけて先頭集団に追い付いていました。
 世界トップクラスの選手、かつ、「王国」ノルウェーの代表とはいっても、高速レースにおいて大差を取り戻すというのは至難の技の筈です。そういう面からも、この日のクルーガー選手のコンディションは、相当良かったのでしょう。

 さて、先頭集団に追い付いたクルーガー選手は、後半の4周回の3周目の最後の坂で飛び出しました。
 転倒で大きく遅れ、ようやく追いついた選手が、今度は先頭集団から飛び出したのです。
 「凄いレース振りだな」と感じました。
 他の先頭集団の選手達は、様子見といった雰囲気でクルーガー選手のスパートを許容しました。ゴールまでには追い付けると考えたのかもしれません。

 ラスト1周前半、クルーガー選手は逃げました。
 その差を次第に広げ、一時は20秒位まで広げました。
 2番手集団から「見え難い位置」まで離れたのです。

 この状況下、2番手集団から2名の選手が抜け出しました。ノルウェーのスンビ選手とホルン選手でした。
 同僚のクルーガー選手を追い上げ始めたのです。

 この時、スンビ選手とホルン選手が、クルーガー選手に追い付き、追い越そうとしていたかどうかは分かりませんが、少なくとも「メダルを目指す」ためには必要なことだったのでしょう。
 そして27km以上を走ってきて、余力を残していたことが素晴らしいことだと感じます。

 先頭のクルーガー選手とスンビ選手、ホルン選手との差が縮まります。
 その差が、スンビ選手とクルーガー選手との差が8秒まで詰まったところが、クルーガー選手のゴールでした。

 実力が拮抗している(オリンピックですから当たり前のことですが)選手同士の戦いでは、自らのリソースをどこで使うかがポイントとなります。
 クルーガー選手が、あのまま先頭集団に残り、ラストスパート勝負に出た場合と、今回のように残り4kmで抜け出す場合とでは、結果がどのように変わっていたのか、これはとても興味深いところです。まさに、オリンピックチャンピオンを争うレースの醍醐味でしょう。

 結果として、あのタイミングで自身のリソースを使うことにより、クルーガー選手は金メダルを獲得しました。
 ゴール前で、1秒でも前に居るためのスパートが功を奏したのです。

 実力が拮抗しているレースですから、スンビ選手達との差が詰まるのは自然なことなのです。試合というのは、こういうものなのでしょう。

 そして、ノルウェーチームは金・銀・銅メダルを独占しました。
 世界に冠たる「クロスカントリースキー王国」ですから、オリンピックのクロスカントリースキー種目でノルウェーの選手がメダルを取ることは、珍しい風景ではありません。

 しかし、これが「表彰台独占」となれば話が違います。

 「王国」ノルウェーとはいっても、男子チームのオリンピックでの成績は世界選手権程には圧倒的な物では無く、21世紀に入ってからも「どうしたノルウェー男子」と言われるような大会もありました。

 メダル独占も、女子チームでは観られても、男子チームではなかなか無いことであったと思います。

 このレースは、「王国」ノルウェー男子チームにとっても、会心のレースだったのです。

 それにしても、2月10日のスピードスケート女子3000mにおける「王国」オランダチームのメダル独占に続いての、クロスカントリースキーにおけるメダル独占です。

 「王国」の底力を感じます。
 NFLの2018年ポストシーズンゲームは、全て記事にしようと考えていました。
 ひとつだけ残っていましたので、ここで採り上げようと思います。

 ニューイングランド・ペイトリオッツが今季プレーオフに初登場したゲームです。

[1月13日・ジレットスタジアム]
ニューイングランド・ペイトリオッツ35-14テネシー・タイタンズ

 タイタンズがペイトリオッツ「王朝」に挑んだゲームは、ペイトリオッツの一方的な内容となりました。

 そもそも、ペイトリオッツがプレーオフゲームで大勝すること自体が「珍しい」ことだと感じます。

 ベリチックヘッドコーチHCとクオーターバックQBブレイディ選手は、プレーオフゲームにおいては「負けない試合」に徹する傾向が有り、「過剰な得点を狙うこと」による、インターセプトといったターンオーバーのリスクを最少にしようとする傾向があるのです。

 そのペイトリオッツが「21点差」を付けて勝つというのですから、このゲームは第2クオーターの3タッチダウンTD・21得点の威力がとても大きかったということになりそうです。
 第3Qと第4Q、ペイトリオッツは余裕を持った試合運びが出来たのでしょう。

 QBマーカス・マリオタ選手とランニングバックRBデレック・ヘンリー選手の「ハイズマントロフィーコンビ」を中心にした攻撃でペイトリオッツに挑んだタイタンズでしたが、第1Qの先制TD以降は、ペイトリオッツの攻撃を受け続ける展開となってしまいました。
 まだ「王朝」に挑むのは少し早いということなのでしょうか。

 それにしても、ペイトリオッツの5TDは、ボルデン選手とホワイト選手のラン、グロンコウスキー選手とホーガン選手とホワイト選手のパスレシーブととても「多彩」です。

 「自在な攻撃」はペイトリオッツ王朝を支える最強の武器なのでしょう。

 このゲームは、「ポストシーズンでは常に慎重な試合運びをする」ペイトリオッツとしては、珍しい大勝だと書きました。
 2017~18年シーズンのペイトリオッツは、2001年以降のチームの中ではやや異質なチームであったことを示すゲームだったのかもしれません。

 ペイトリオッツがスーパーボウル2018でイーグルスに惜敗したことは、皆さんご承知の通りです。
 これまでも、スピードスケート競技における「王国」オランダの強さは幾たびと無く眼にしてきましたが、平昌オリンピック・スピードスケートの最初の決勝種目でも、再び「メデル独占」を眼前にすることとなりました。

 2月10日、日本チームの佐藤綾乃選手が自己新記録4分4秒35の好タイムを叩き出した後、オランダチームのトップバッター、カレイン・アクテレークテ選手が登場しました。
 その滑りは、凄まじいものでした。

 とても速い入りから、高速を維持します。
 高速リンクでは無く、氷が緩いと言われるカンヌンオーバルですから、それまでの4組の選手達は、周回を重ねるうちにタイムがどんどん落ちて行ったのです。
 一方、アクテレークテ選手はまるでインツェルで滑っているかのようなパフォーマンスを示しました。
 同組の選手を100m以上離していました。

 3分59秒21というタイムも立派なものでしたが、「タイム以上の迫力」が溢れる滑りでしたから、「金メダルではないか」と感じました。

 その後、チームのエースであるイレイン・ブスト選手が、「アクテレークテ選手の滑り」に果敢に挑みましたが、100分の8秒及ばず、高木美帆選手と同走したアントワネット・デヨング選手も0.81秒届きませんでした。
 やはり、アクテレークテ選手の滑りは「オリンピックチャンピオン」のものだったのです。

 世界ランキングが低く、全12組の前半に登場する選手にして、この高い能力。

 「スケート王国」オランダの懐は、とても深いのです。
プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
「スポーツを考える-KaZ」ブログへ
ようこそ!
我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

最新記事
最新コメント
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top
CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728