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[2月8日・女子シングル最終日・アメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイム]
1位 紀平梨花 総合得点221.99 SP68.85・FS153.14
2位 エリザベート・トゥルシンバエワ 同207.46 SP68.09・FS139.37
3位 三原舞依 同207.12 SP65.15・FS141.97

 ショートプログラムで5位と出遅れた紀平選手が、フリースケーティングFSで圧巻の演技を魅せて逆転勝ちしました。
 結果として2位に13点以上の差を付ける圧勝であったことが、紀平選手のFSの凄さを如実に示しています。

 試合前の練習で、紀平選手が左手薬指の関節を亜脱臼した時には、欠場も予想されました。タイミングがとても大切なフィギュアスケートのジャンプシークエンスにおいては、踏切の際に「普段存在しない痛み」が体に走るのは大きな影響が有るので、試技を行うのは困難に思われたからです。

 話が少し逸れますが、例えば主に上半身でプレーするように見えるテニスや卓球、バドミントン、あるいは野球のバッティングといった競技・プレーにおいて、下半身が極めて重要な事は明らかですし、主に下半身でプレーするように見えるサッカーにおいて、上半身が重要な役割を果たすのは、ご承知の通りです。
 フィギュアスケートにおいても、上半身の怪我の影響はとても大きいものでしょう。

 しかし、紀平選手は敢然と出場して来ました。

 とはいえ、故障が有る中での試合における試技で、当該の怪我がどれくらいの影響が有るかは、やってみないと分からないもの(練習と試合は全く違うものです)ですので、トライしてみたのがSPということでしょう。
 そして、SPにおいてはトリプルアクセルを飛ぶことが出来ませんでした。

 それでも、SPのその後のジャンプは綺麗に決めましたから、SPへのトライによって、薬指の故障下、「痛み」や指が動き難い状況におけるジャンプの飛び方を、概ね身に付けた、ということであろうと思います。

 一度身に付けると、その対応策を試合において高確率で発揮できるところが、紀平選手の凄いところでしょう。
 「順応性」「適応力」が抜群なのです。

 もちろん、今大会のFSは、本来のプレーに比べると、スピード、ジャンプの高さ等がやや見劣りしました。
 当初のトリプルアクセル後のコンビネーションジャンプは、本来トリプルアクセル+3回転のものを、ダブルアクセル+3回転にダウングレードして滑っていました。紀平選手は、故障の下で出来る最善のプレーを冷静に行っていたのでしょう。
 この冷静さと丁寧なプレーも、紀平選手の強みです。

 FS試技終了の瞬間、紀平選手は控えめにガッツポーズを魅せましたが、その際にも左手は太腿の上に置いたまま動かしませんでした。相当痛かったのでしょう。

 3位に食い込んだ三原選手は、「乗った時には、とことん押す」という三原選手の持ち味が良く発揮されていました。
 当初のコンビネーションジャンプを成功させて勢いに乗り、素晴らしい試技を完成させました。
 好成績を挙げた大会における三原選手の滑りには、いつも感心させられます。

 それにしても、FSにおいて紀平選手が履いていたスケート靴のブレードの色が左右で異なりました。右脚がゴールドで左足がシルバーだったのです。
 大会前から「靴の具合が良くない」と報じられていましたので、おそらくは左右別々の靴を履いたのであろうと思います。

 別々の2組の靴から、別々に1つずつ左右の靴を選ぶというのも、なかなかの冒険の様に感じますが、現時点で一番履きやすい靴を選択して大会に臨んだことになります。

 ここにも、紀平選手の「適応力」の高さが表れているのでしょう。
 長い歴史と伝統を誇る、アメリカ合衆国のプロベースボールですが、スプリングトレーニングが開始されたのは1886年と伝えられています。
 開始したチームはシカゴ・ホワイトストッキングス(1889年まで存在しました。現在のシカゴ・カブスの前身です)。
 このホワイトストッキングスのプレーヤー兼監督だったキャップ・アンソンがスプリングトレーニングを始めたのです。

 アンソン監督は、4月のレギュラーシーズン開始に向けて、ある程度前から選手達を集めてトレーニングを積ませたら、シーズンの戦いに向けて大きな効果があるのではないかと考えました。現在なら当然のことでしょうが、当時としては「画期的な考え方」だったのです。(現在では「当たり前」「当然」と思われることでも、最初にそれを考え、アイディアを創出し、実行するというのは大変なことです。そのこと自体が素晴らしい才能であり、実行力であることは間違いありません。どんなことであっても、「当たり前」「当然」と考えるのではなく、常に「疑問」を持ち、様々な角度から物事を考えて行く習慣を身に付けたいものだと、いつも思います。そうした行為、物の捉え方こそが、「進歩を生む」ものなのでしょう)

 さて、この案を球団内に提案したところ、反対が多く出されました。
 各プレーヤーが「この時期は別の仕事をしているから事前トレーニングには参加できない」というのが、その理由でした。
 当時のメジャーリーガーはプロスポーツ選手としての収入が少なかったので、オフシーズンには皆、別の仕事をしていたのです。

 なるほど、と感じさせられる話です。

 21世紀に隆盛を極めているプロスポーツの多くが「19世紀後半に始まっている」のですが、開始当初は、どのスポーツでも十分な収入が得られなかったのでしょう。「お金を払ってスポーツを観る」ということが、時代の最先端のエンターティンメントであった頃です。多額のお金を観戦に支払うということが一般化するのは、もっとずっと後の時代なのでしょう。

 そこでアンソン監督は「スプリングトレーニング中は1日に付き何ドルか支給する」ことを確約し、1886年2月はじめに、アーカンソー州ホットスプリングスの地に全選手を集めたのだそうです。
 
 こうして、史上初のスプリングトレーニングが始まったのですが、その効果は絶大で、このシーズン、ホワイトストッキングスは独走優勝を飾ったのです。

 こうした「良い取組」が他のチームに広がっていくのは自然な流れでしょう。翌年から導入するチームもあって、1890年代に普及し、1910年頃には一般的なものになったそうです。

 スプリングトレーニング実施に向けての最大の障害が「選手達の低収入」にあったというのは、プロスポーツの創成期、そして発展期を考えて行く時、とても興味深いところです。

[2月3日・アトランタ・メルセデスベンツスタジアム]
ニューイングランド・ペイトリオッツ13-3ロサンゼルス・ラムズ

 両チーム合わせて「16得点」という、史上最少得点のロースコアゲームとなった、第53回スーパーボウルでした。
 
 チャンピオンシップゲームから2週間の間、両チームはオフェンスとディフェンスを磨き上げてきたのでしょうが、今回は「スーパーボウルへの準備におけるディフェンス面の準備がオフェンス面を凌駕した」のです。

 ゲーム開始早々、ペイトリオッツ自慢の攻撃陣は、クオーターバックQBトム・ブレイディ選手の下ランプレーを駆使してファーストダウンを重ね、前進しました。オープニングドライブ・タッチダウンTDを目指しての順調な立ち上がりに観えたのです。
 ラン攻撃を繰り返しながら着実に前進した攻撃において、QBブレイディ選手がこのゲームにおける最初のパスを投じた時、ラムズ守備陣がこれをインターセプトしたのです。
 集中力抜群の素晴らしいプレーでした。

 「百戦錬磨」、スーパーボウルにおいてNFL史上最高の実績と経験を誇るトム・ブレイディ選手が、このタイミングでインターセプトを受けるとは「夢にも思わなかった」のではないでしょうか。
 ラムズ守備陣は、ブレイディ選手にとっても衝撃的なプレーを披露したのであろうと思います。

 歓喜に沸いたラムズベンチでしたが、QBジャレット・ゴフ選手と共に、「インターセプトの勢いを乗せての攻撃」に入りましたが、散々の結果でした。
 ペイトリオッツ守備陣はラムズ攻撃陣に何もさせなかったのです。
 準備万端の「計算し尽くされた守備」に観えました。
 
 ペイトリオッツのゲーム前の準備において、ラムズの攻撃が「丸裸」にされていると、ゴフ選手も実感したことでしょう。
 この後、ラムズオフェンスは様々なバリエーションの攻撃を仕掛けますが、少なくとも前半は悉く潰されました。「3アンドアウト」の連続だった印象です。

 ビル・ベリチックHCヘッドコーチを始めとするペイトリオッツスタッフのゲーム前準備の精度・クオリティの高さは定評の有る所ですが、スーパーボウル2019に対する「守備面の準備」は、ベリチックHCの素晴らしいキャリアの中でも屈指のものであったと感じます。
 世界最高レベルのゲームに対して、これ程の準備が出来るものなのだと、改めて感心するばかりでした。

 精緻な研究をベースに、熟考の上で構築された守備プレーを、ラインバッカーLBハイタワー選手やバンノイ選手、ストロングセイフティSSパトリック・チャン選手、フリーセイフティFSデビン・マコーティ選手らが躍動しました。
 ラムズオフェンスに対して「先手を打ち続けた」のです。

 さて、守備面で完璧な対応を魅せたペイトリオッツでしたが、攻撃陣ではラムズ守備陣の「凄まじい抵抗」に遭いました。
 ラムズの守備陣は、スーパーボウルにおいて「史上最高の経験値を誇るペイトリオッツの攻撃」を抑え込み続けたのです。
 こちらの守備は、ペイトリオッツとは異なり、「個々のプレーヤーの気迫と頑張り」をベースとしたものに観えました。これはもう「スーパーボウル制覇に向けての執念」が具現化したようなプレーでした。

 少し種類は異なりますが、両チームのとてもレベルの高い守備プレーによって、ゲームは史上稀に見るロースコアゲームとなったのです。
 「火花が飛び散るような守り合い」でした。

 結果として、両チーム合わせて「14本ものパント」が飛び交うゲームとなりました。
 ペイトリオッツが5本、ラムズが9本でした。

 今季のポストシーズン、チャンピオンシップとディビジョナル計6ゲームの平均パント数は「8.17本」でした。6ゲーム中最もパントが多かったのはディビジョナルプレーオフゲーム、コルツVSチーフス戦で、コルツが7本、チーフスが4本のゲームでしたが、スーパーボウルはこれをも3本上回ったのです。
 2018年のスーパーボウルにおいては、両チーム合わせて「パントが1本」という、これも記録的にパントが少ないゲームだったのですが、それとは好対照のゲームであったことが分かります。

 そして、「個々のプレーヤーの気迫とスピード」をベースにしたラムズの守備に、僅かに疲労が観えた第4Q、ペイトリオッツの攻撃がようやく実り、10点を挙げて勝ち切ったというのが、第53回スーパーボウルだったのでしょう。

 その攻撃とて、QBブレイディ選手からワイドレシーバーWRエデルマン選手やタイトエンドTEグロンコウスキー選手へのパスという、ペイトリオッツにとっての「定番の鉄板プレー」、最も「信頼できるプレー」の積み上げ、それも「伸るか反るか」のギリギリのプレー、インターセプトされても何の不思議もないプレーの連続の中から、このゲーム唯一のTDが生れたのです。

 僅かに疲労が観えたとはいえ、ラムズ守備陣は最後まで機能し、QBトム・ブレイディ選手を中心としたペイトリオッツ攻撃陣は、その「史上最高の勝負強さ」を示したように感じます。

 このゲームの主役であった、ラムズ守備陣の先発ラインアップを記録しておきます。
 スーパーボウルの歴史に刻まれる守備陣です。

陣形の前から
① ノーズタックルNT エンダマカン・スー選手
② ディフェンスタックルDT 左マイケル・ブロッカーズ先選手、右アーロン・ドナルド選手
③ ラインバッカーLB  左アウトサイドラインバッカーOLBダンテ・ファウラー選手、右OLBサムソン・エブーカム選手、左インサイドラインバッカーILBコリー・リトルトン選手、右ILBマーク・バロン選手
④ コーナーバックCB 左マーカス・ピーターズ選手、右アキブ・タリブ選手
⑤ ストロングセイフティSS ジョン・ジョンソン選手
⑥ フリーセイフティFS ラマーカス・ジョイナー選手

 本当に素晴らしいイレブンでした。
 その健闘に、惜しみない賞賛を送りたいと思います。

 それにしても、メルセデスベンツスタジアムはペイトリオッツを応援する観客の方が圧倒的に多かったと感じます。まるでペイトリオッツのホームの様な有様でした。
 ラムズの攻撃の際の「雑音」がもの凄かったのです。

 一方のチームのファンにチケットが偏ることが無い筈の「スーパーボウルのチケット配布方法」なのですが、結果としてはペイトリオッツを応援する観客がとても多いゲームとなったのです。
 最後はこの「応援量の差」が、ペイトリオッツを後押ししたようにも観えました。

 この「応援量の差」を生んだのが「ペイトリオッツ王朝の歴史の積み上げ」であったとすれば、第53回スーパーボウルの勝利は「王朝の遺産」から生まれたものと言えるのかもしれません。
 NPBは、例年通り2月1日にキャンプインしましたが、MLBもキャンプインというかスプリングトレーニングのスタートが近付いてきました。

 アメリカらしい、というか、別に厳密な規則がある訳ではないのでしょうから、各球団が自主的に決めた日にスタートする形ですが、2019年シーズンの開始日は以下のように報じられています。

・ボストン・レッドソックス 2月14日
・ロサンゼルス・ドジャース 2月13日
・ヒューストン・アストロズ 2月13日
・ニューヨーク・ヤンキース 2月13日
・アトランタ・ブレーブス 2月13日
・クリーブランド・インディアンズ 2月14日
・シカゴ・カブス 2月15日
・ロサンゼルス・エンジェルス 2月13日
・シアトル・マリナーズ 2月14日
     ・
     ・
     ・

 現世界チャンピオンのレッドソックスは2月14日スタートですけれども、今季は13日に開始するチームが多いようです。

 この開始日は、ご承知のように「バッテリーのトレーニング開始日」です。
 野手陣は、概ね1週間位後にスタートするのです。

 こちらもご承知のように、スプリングトレーニングの開催場所は「フロリダ」と「アリゾナ」です。日本で言えば、沖縄と宮崎と高知に相当するのでしょう。
 この2箇所に、丁度15チームずつが入るというところも興味深いところです。自主性が尊重されるアメリカ合衆国の事ですから、「偶然」ということなのでしょうか。

 そして、フロリダでトレーニングを行う15チームを「グレープフルーツ・リーグ」と呼び、アリゾナ組を「カクタス・リーグ」と呼びます。
 NPBで言うところのオープン戦、MLBではこのシーズン前のゲームのこともスプリングトレーニングと呼びますから、「狭義のスプリングトレーニング」と言って良いのかもしれません。

 こちらのゲームの方は、2月22日のアスレティックスVSマリナーズの試合によりスタートします。カクタス・リーグの方が1日早くゲームを始めるという形です。グレープフルーツ・リーグの方は、2月23日のレイズとフィリーズの試合でスタートするのです。

 スプリングトレーニングへの注目度は、当然ながらとても高いので、スプリングトレーニングの両リーグの成績も日々報じられます。「MLBでも球春真っ盛り」という様相を呈するのです。
 近時は、日本からの「スプリングトレーニング・ゲーム観戦ツアー」も増えてきました。

 もちろん、レギュラー争いというか、レギュラーシーズン開幕に向けて「ロースターを目指す各プレーヤーの争い」は熾烈を極めます。これはNPBのキャンプと同じです。
 「グレープフルーツ」や「カクタス」から感じられる、ほのぼのとしたムードは、スプリングトレーニングの現場には皆無なのです。

 「メジャーリーガーを目指して」の2019年のスプリングトレーニングが迫りました。

 待ち遠しい春に向けて、2019年の競馬も盛り上がってきましたが、2018年の競馬を振り返って、印象的だったシーンをひとつ。

 アーモンドアイが圧勝したジャパンカップ2018ですが、ゴール直後に電光掲示板を見た時の衝撃は、忘れることが出来ないでしょう。

 「2分20秒6・レコード」。

 異次元のタイムでした。

 後日、世界新記録であると報じられました。

 日本ダービー2018のタイムは2分23秒6(ワグネリアン)。日本ダービーのレコードは2分23秒2(ドゥラメンテ、2015年)。
 同じコース・距離です。

 3歳馬にとって最大のレースである日本ダービーのレコードタイムより、2秒6も速いタイムを、同い年の牝馬が叩き出したのですから、「凄い」の一語。

 もちろん、タイムは馬場状態や展開によって左右されるものです。
 1・3/4馬身差の2着に入ったキセキも、素晴らしいタイムで走破していることは間違いありません。

 とはいえ「絶対値」としての2400m・2分20秒6というのは、日本競馬のレベルを一段上げるものであろうと感じます。

 アーモンドアイのジャパンカップ2018は、「2分20秒6」というタイムと共に長く語り継がれるものとなりました。

 2019年、アーモンドアイはドバイミーティングに挑戦する計画とのこと。

 2018年JRA年度代表馬として、大舞台での活躍が期待されます。
 第53回スーパーボウルは、ペイトリオッツが13-3でラムズを破り優勝しましたが、両チーム合わせて「16得点」は、スーパーボウルの史上最少得点でした。

 2018年、イーグルスがペイトリオッツを41-33で破った第52回が、攻撃面での最高記録ずくめのゲームであったことと対照的に、スーパーボウル2019は「両チームの守備が見事に機能したゲーム」だったのです。

 スーパーボウルにおける「ロースコアゲーム」を観て行きましょう。(第1回から第4回のAFL-NFLチャンピオンシップ時代のゲームは含まれていません)

① 2019年 ペイトリオッツ13-3ラムズ
② 1973年 ドルフィンズ14-7レッドスキンズ
③ 1975年 スティーラーズ16-6バイキングス
④ 1972年 カウボーイズ24-3ドルフィンズ
⑤ 2006年 スティーラーズ21-10シーホークス
  2008年 ジャイアンツ17-14ペイトリオッツ

 総得点の少ないゲーム順に、5位タイまでを挙げました。
 ペイトリオッツとスティーラーズが2回ずつ登場していますので、この両チームはロースコアゲームが得意というか、ロースコアゲームで十分に戦えるチームと言って良いのかもしれません。

 また、直ぐにお気づきのことと思いますが、1970年代にロースコアゲームが数多く記録されています。
 スーパーボウル創生時期の70年代は、スーパーボウルにおいて「失点を最少にした上で勝ち切る」という戦略のチームが多かったとも言えるのでしょう。
 とはいえ、21世紀に入ってからも、点の取り合いというゲームばかりでは無く、しっかりとした守り合いのゲームも存在しています。やはり、両チームのゲームに対する戦略が、結果に大きく反映されているのであろうと感じます。

 それにしても第53回は、前半を終えて「3-0」、第3クオーターQを終えて「3-3」という、「ローエストゲーム」と呼びたくなるほどの「守備が勝った」ゲームでした。

 「第3QまでタッチダウンTDを観ることができなかったスーパーボウル」として、長く語り継がれるゲームだったのでしょう。
[2月3日・アトランタ・メルセデスベンツスタジアム]
ニューイングランド・ペイトリオッツ13-3ロサンゼルス・ラムズ

 ロースコアゲームとなった第53回スーパーボウルは、第4クオーターQに1タッチダウンTD、1フィールドゴールFGを挙げたペイトリオッツがラムズを振り切り勝利しました。

 両チームのディフェンスDFがとても良く機能した試合であろうとは思いますが、忙しさもあって、試合全体の録画映像を観ることができていないので、試合内容へのコメントは「ゆっくりとじっくりと観てから」にしようと思います。(皆様からとても遅れた視聴ですが、本当に楽しみです)

 今回は、ペイトリオッツの「6度目の制覇」についてです。

 スーパーボウルの最多制覇記録は6度です。

 この記録は、ピッツバーグ・スティーラーズとペイトリオッツが保持しています。

 1970年代に、クオーターバックQBテリー・ブラッドショー選手やランニングバックRBフランコ・ハリス選手、ワイドレシーバーWRリン・スワン選手といった錚々たるメンバーを擁し、チャック・ノールHCヘッドコーチのもとで全盛期を迎えたスティーラーズは、2度の連覇で4度のスーパーボウル制覇を成し遂げ、その後21世紀に入って2度の制覇の合計6度の制覇としています。

 一方のペイトリオッツは、20世紀に2度のスーパーボウル出場は果たしましたが、残念ながら制覇はなりませんでした。
 そして2001年、「ペイトリオッツ王朝」が幕を開けます。
 ビル・ベリチックHCとQBトム・ブレイディ選手を中核とした「王朝」は、2001年から2019年に至るまで、NFLの主役として存在し続け、9度のスーパーボウル出場・6度の制覇という、信じられないような成績を残してきたのです。
 「同一王朝」にて6度の制覇というのは、ペイトリオッツ王朝自体が来シーズン以降も記録を積み上げていかない限り、空前絶後の記録であろうと思います。

 そもそも、同じHCとQBのコンビによって18シーズン続けて、ひとつのチームが運営されること自体が滅多に無いことですし、その18シーズンの内9シーズンでスーパーボウルに進出するということは想像を絶する実績ですし、同じHCとQBにより6度のスーパーボウル制覇が成し遂げられるというのも、まさにミラクルなこととしか言いようが有りません。(形容の仕様が無いほどに凄いことです)

 同じコンビによるスーパーボウル制覇という視点で、この実績に比較しうるのは、前述のチャック・ノールHCとQBテリー・ブラッドショー選手のスティーラーズと、ビル・ウォルシュHCとQBジョー・モンタナ選手のサンフランシスコ・フォーティナイナーズ49ers=1980年代の49ersの2チームでしょうが、それとて制覇回数は、ペイトリオッツ6度、スティーラーズと49ersが4度(1989~90年シーズンの49ersはHCが途中で代わりましたので3.5度と言った方が良いかもしれません)と、ペイトリオッツが圧倒しています。

 やはり、このコンビは「空前絶後」なのでしょう。

 さらに驚くべきは、このコンビには「引退」という話が皆無ということでしょう。

 NFL史上に燦然と輝く「ペイトリオッツ王朝」は、まだまだ続きそうです。

 1月22日、今季のMLBベースボール殿堂入りプレーヤーが発表されました。
 オフシーズンの恒例行事です。

 そして、元ニューヨーク・ヤンキース、2013年シーズンを最後に引退したクローザ、マリアノ・リベラ氏が「資格獲得1年目」にして殿堂入りを果たしました。

 リベラ氏が「殿堂入り」するのは、誰もが予想していた通りですが、特筆すべきはその得票率でした。425名の全投票資格保持者が、全員リベラ氏に投票したのです。
 これは、ベースボール殿堂制度史上初めてのことでした。

 「投票資格者」とは、全米ベースボール記者協会に10年以上在籍している記者です。
 この資格自体が、相当に難しいものだと思いますけれども、そうした「ベースボールを知り尽くした記者425名」を相手にしての「満票」というのは、信じられないというか、ある意味では「異常」なことのように感じられます。
 どんなに素晴らしいプレーヤーでも、425名の中には「あまり評価していない記者」が5名や10名いても何の不思議もありませんし、19シーズンに渡ってプレーしたリベラ選手の事を、何らかの出来事・きっかけによって嫌っている記者が居ても、これも何の不思議もないでしょう。ヤンキースの事が大嫌いな記者もいる筈です。
 人間社会において、同業者425名全員が高く評価してくれることなど、本当に有り得るのか、と考えてしまいますが、リベラ氏への投票は、その「異常な事態」を示現して魅せたのです。

 何か、現役時代の「信じられないようなプレー」を観ているようです。

 殿堂への選出ラインは、全投票資格者の75%以上の得票です。
 
 これまでの最高得票率は、2016年のケングリフィー・ジュニア氏の99.23%でした。これとて、信じられないような高率と当時言われました。
 あのベーブルース氏が95.13%(1936年)、カルリプケン・ジュニア氏が98.53%(2007年)であったことを勘案しても、今回のリベラ氏の「100.00%」の凄さが分かります。

① 通算652セーブ

 というMLB最多記録は、もちろんとして

② ポストシーズン通算96試合登板・141イニングを投げて42セーブ、防御率0.70

 という、大舞台での強さは、ズバ抜けて居ます。登板数、セーブ数、防御率は、もちろんMLB最高記録です。

 試合の流れが完全に相手チームに傾いた場面でマウンドに上がり、「何もなかったかのように」抑えるというシーンを、私たちは何度も眼にしました。
 他に類を見ない、文字通りの「火消し」役でした。

 それも、ここぞという投球は「必ずカットボール」なのです。相手打者は、次に必ずカットボールが来ることが分かっているのに打てない、という本当に不思議なシーンが続きました。
 世界最高レベルの打者が揃うMLBのポストシーズンゲームで、来る球が分かっていても打てないというクローザは、「空前絶後」なのかもしれません。

③ ヤンキースにおいて1115試合登板

 同一球団における、史上最多登板記録です。リベラ投手は、最後のシーズン=2013年シーズンにも44セーブを挙げるなどヤンキースにおいて長く好成績を挙げ続け、ヤンキースファンに長く愛され、ヤンキース球団も常に高い評価を与え続けたことが分かります。
 本当に素晴らしい記録だと思います。

 マリアノ・リベラ氏は、ベースボール殿堂入り投票においても、ひと癖もふた癖もある数多くの記者達を相手に、見事な投球を魅せてくれたのでしょう。

 2019年1月場所では、横綱・大関陣の不振が目立ち、新しい大関が待望されている状況でしょう。

 今回は「大関」についての雑感です。

 「大関」は明治時代の中頃までは、大相撲の最高位でした。
 その後「横綱」が設けられたのですが、少なくとも昭和時代の中頃までは「横綱大関」という呼称が広く用いられていたと思います。
 つまり「横綱」というのは、「大関の中で特に選ばれて綱を張ることが許された力士」という扱い、「大関の一種」という扱いだったのでしょう。そういう意味では、その頃まではやはり「大関」が、最高位だったとも言えます。

 いつ頃からは、はっきりしませんが、「横綱大関」という言葉が使われる頻度が下がり、「横綱」と呼称されるようになったと記憶しています。

 さて、近時時々耳にするのは「優勝していない大関」という言葉です。
 「大関という高位に居ながら優勝経験が無い」ことを指して言うのですが、「大関ならば優勝していて当然」といったニュアンス、マイナスイメージも感じられます。

 この言葉が何時ごろから使われるようになったのかは分かりませんが、おそらくはごく最近、2~3年以内の話であろうと思います。

 何故なら、「優勝経験の無い大関」は大相撲の歴史上そう珍しいものでは無く、過去に何人も居ますし、21世紀に入ってからも、優勝するまでに長い時間を要した大関は数多く居るので、「大関ならば優勝していて当然」という見方が、例えば2015年頃までに存在したとは思えないからです。

 例えば、元横綱・稀勢の里が初優勝したのは2017年1月場所で、大関になって31場所目でした。
 大関・豪栄道が初優勝したのは2016年9月場所で、大関になって13場所目、元大関・琴奨菊が初優勝したのは2016年1月場所で、大関になってから26場所目でした。
 少し遡って、元大関・琴欧洲が初優勝絵したのは2008年5月場所で、大関在位15場所目。
 また、初代・貴ノ花が初優勝したのは1975年3月場所で、大関在位15場所目でした。
(以上の5大関は関脇までのキャリアで優勝していませんでした)

 これを現役に当て嵌めてみると、大関・高安は2019年1月場所時点で、大関在位10場所目ですので、たとえ優勝していないとしても「決して遅くは無いし」「不思議なことでも無い」ことは明らかです。

 高安を指して「まだ優勝していない大関」といった非難めいたニュアンスが感じられる評価は、当たらないのでしょう。
 大相撲の事を良く知らない人の言葉であろうと思います。

 現在、大関は豪栄道、高安、栃ノ心の3力士です。
 そして、御嶽海や貴景勝の昇進が期待されているわけですが、この2力士が大関に昇進すると「5人大関体制」となり、多過ぎないかといった懸念を持たれる方も居るかもしれませんが、心配ご無用です。

 過去には「6人大関体制」の場所も存在しました。それも2010年以降という、つい最近の話です。
 2012年5月場所は、日馬富士、鶴竜、稀勢の里、琴奨菊、把瑠都、琴欧洲の6力士が大関でした。この場所後、日馬富士が横綱に昇進して、「6人体制」は崩れたのです。
 
 「5人大関体制」となれば、これは20世紀から何度もありました。
 少し例を挙げましょう。

[1961年7月場所]
北葉山、大鵬、柏戸、若羽黒、琴ヶ濱

[1963年3月場所]
豊山、栃光、栃ノ海、佐田の山、北葉山

[1972年11月場所]
貴ノ花、輪島、大麒麟、清国、琴桜

[1977年3月場所]
若三杉、魁傑、旭国、三重ノ海、貴ノ花

[1983年7月場所]
北天佑、朝潮、若島津、隆の里、琴風

[1987年7月場所]
小錦、大乃国、北天佑、朝潮、若島津

[2000年11月場所]
武双山、魁皇、雅山、出島、千代大海

[2002年9月場所]
朝青龍、栃東、武双山、魁皇、千代大海

[2006年5月場所]
白鵬、琴欧洲、栃東、魁皇、千代大海

[2009年1月場所]
日馬富士、琴光喜、琴欧洲、魁皇、千代大海

[2012年1月場所]
稀勢の里、琴奨菊、把瑠都、日馬富士、琴欧洲

 これらは「5人大関体制の」一部の例です。
 他にも有るのですから、「5人」は珍しいものではありません。

 これらの例を見て共通しているのは、多くの大関が存在する状況においては、「横綱に昇進する力士」がその中に含まれている場合が多いというところです。

 「5人体制」には、ベテラン大関と若手大関が併存し、切磋琢磨して「次代の横綱」が育っているということなのでしょう。

 「雑感」ですから、話があちこちに飛んで恐縮です。

 頭書の話に戻ると、貴景勝や御嶽海がどんどん大関に昇進しても、何ら心配ないということなのでしょうし、大勢の大関の中から横綱が生まれる可能性が高いということなのかもしれません。
 また、関脇までの間に優勝している必要など全く無いので、直近3場所33勝を目指して、他の力士も存分にトライしてほしいものです。
 もちろん、勝ち星の数ばかりが問題では無いのは当然のことで、大切なのは「『大関』に相応しい相撲が取れるかどうか」の一点なのであろうと思います。

 現在の「若手力士」には、大きなチャンスの時期が来ているのでしょう。
[2月1日・アブダビ・シェイクザイードスタジアム]
カタール3-1日本

 2019年のアジアカップは、カタール代表チームが優勝しました。
 決勝では、日本代表チームを相手に3-1で快勝したのです。

 カタールチームは、大会7試合を通して「得点18、失点1」という圧倒的な成績を残しました。
 間違いなく、今大会NO.1のチームだったのです。

 決勝戦前には、やや日本チームが有利との見方が多く、過去に4度の優勝を誇り、21世紀のアジアサッカーを牽引してきた日本チームが、「初の」決勝進出を決めたカタールチームより上であろうと言われていたのです。
 しかし、結果はカタールチームの快勝でした。

 日本チームとしては、決勝戦で足元をすくわれたというより、実力通りの結果であったと見ます。

 この試合、日本チームは「慎重に入った」ように観えました。
 中東の地での決勝戦ということもあってか、前半は0-0でも良いという感じでした。

 ところが、前半早々から試合は動きました。
 前半11分、カタールフォワードFWアルモエズ・アリ選手のオーバーヘッドシュートが見事に決まったのです。
 日本ゴール前正面、日本ディフェンダーDF吉田麻也選手がぴったりと付いている状況で、オーバーヘッドシュートを打ち、これが日本ゴールの右ポストに当たって、ゴール内を走りました。
 ゴールキーパーGKが止められるような類のシュートではありません。

 「たまたまあそこに飛んだのであろう」という見方もあるのでしょうが、打った選手がアジアカップ新記録の「1大会9得点」を挙げて得点王に輝いたアリ選手なのですから、「狙って打って決めた」と観るのが妥当です。

 先制を許した日本チームは反撃に出ますが、再び「カタールチームの正確なシュート」が日本ゴールを襲いました。
 前半27分、アブデルアジズ・ハティム選手のシュートが、左サイドネットに突き刺さったのです。
 このゴールの際にも、日本DFが揃っていました。
 日本DFは、想定通りの守備を展開していたのです。
 しかし、僅かに空いたシュートコースに、ハティム選手は威力十分なシュートを突き刺して魅せました。

 「サイドネットへのシュートが効果的」であることは、本ブログでも再三採り上げてきましたが、ポイントとなるのは「サイドネットにコントロールしてシュートを打つことが難しい」ということです。(当たり前のことを書き恐縮です)
 どんなプレーヤーでも、GK正面・周辺へのシュートより、サイドネットにシュートを打ちたいのですが、これを枠の中に入れる為には高度な技術を要するのです。
 ハティム選手のシュートは、コース・威力共にワールドクラスでした。

 前半立て続けに2得点を挙げたカタールチームが、試合を支配しました。

 日本チームは、後半の攻撃で1得点を挙げて(このゴールがカタールチームにとっての今大会唯一の失点となりました)、チームの力を示し、優勝候補の面目を保つのが精一杯でした。

 この試合やそれまでの試合を観ると「カタールチームの精度の高いシュート」が目立ちます。サイドネットやポストに当たってのゴールが、要所で飛び出しているのです。
 カタールチームのシュート力が、他を圧していたというのが、アジアカップ2019なのでしょう。

 どんなに精緻な戦術で「シュートを打つ形」を創り上げたとしても、肝心のシュートが決まらなければ得点とはなりません。(再び当たり前のことで恐縮です)
 世界中のサッカーチームが「ゴールゲッター」を待望しているのは、当然なのです。
 「ゴールゲッター」の最大のスキルがシュート力であることは明白です。

 今大会のカタール代表チームには、そのシュート力が具備されていたのです。

 長いアジアカップの歴史上、誰も成しえなかった「1大会9得点」という偉業を具現したアルモエズ・アリ選手は、アフリカはスーダンの首都ハルツーム出身の22歳、カタールのアル・ドゥハイムSCに所属するプレーヤーですが、今大会で魅せた多種多様なシュートとその精度・威力は、アジアサッカー界のみならず世界サッカー界に衝撃を与えました。
 実質的な国際舞台デビューとなった大会で、あっという間に、その名を世界中に広めたのです。

 今後、世界中のクラブがその獲得に乗り出すのでしょうし、身長180cmのフィジカルとハイレベルな得点感覚を活かして、今後も大活躍を魅せてくれる可能性が高いと思います。

 カタール代表チームには、アリ選手以外にも素晴らしいプレーヤーが揃って居ました。ワールドカップ2022カタール大会に向けての代表チームの強化が着々と進んでいる形ですが、U-23チームをベースにしたとはいえ、短期間で素晴らしいチームを創ってきた印象が有ります。
 チームとして、力強く正確なパス、精度が高く意外性十分なシュート、そして「2~3本のパスで得点機を創出する戦術」といった要素は、簡単には具備することが出来ないものなのですが、今大会のカタールチームには揃っていました。(そうでなければ、18得点・1失点という凄いドライブは到底達成できません)
 このチーム強化のノウハウは、他のチームが十分に研究しなければならないところでしょう。

 加えて、カタールチームに限らず、今大会は中東のチームの強さが感じられました。

 もともと20世紀には、日本チームがなかなか中東のチームに歯が立たなかった、「アジアのサッカーは中東が牽引」した時代が長かったのです。

 それが20世紀終盤から21世紀初頭にかけて、極東のチームやオーストラリアチームが、アジアサッカーの主役に躍り出ました。日本チームにとっても、あれだけ勝てなかった中東各国の代表チームと互角以上の戦いが出来るようになったのです。

 そういう意味では、今大会は「中東各国のナショナルチームが復権に向けて動き始めた大会」と言えそうです。

 アジアサッカー全体のレベルは、確実に上がっているのでしょう。
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